冒険の始まり

秩父の旅二日目、息子は早起きし、プログラマーのMさんと時間を合わせて朝風呂に行きました。私は、窓のある浴室で山を見ながら入浴。睡眠は若干足りていなかったものの、シャワーを浴びたら少しすっきりして、深く呼吸ができたようでした。その後、朝食ブッフェに行き、秩父名物のみそポテトやわらじとんかつなどを堪能。数日前にやけどをしてしまった跡は、ずっと痛みが続いていたので、早めにホテルを出て薬局に寄らせてもらい、秩父駅に到着しました。線路がいくつもあるのに、くっきり向こう側が見えて、その景色に感動。そして、3両の電車に3人で乗り込み、長瀞へ向かいました。待っていてくれたのは、現地のスタッフさん。その日は、ラフティングをしようとMさんと相談をしていたので、お迎えをお願いしていて。船もいいのだけど、アクティブな息子にはこちらの方がいいだろうと提案をさせてもらっていました。どうか、私自身も調子が崩れませんように。

その後、スタッフさんから説明を受け、レンタルの水着に着替え、ライフジャケットを渡されると、息子の緊張が伝わってきました。他のお客さん達と一緒にバスに乗り、陽気な若い男性スタッフさんの話を聞いていても、ワクワクと不安が混同し、彼と似たような気持ちを共有していて。そして、降ろされたのは荒川のほとりでした。みんなで一列になって河川敷まで歩き、水の音がどんどん近くなると、岐阜の中津川に住んでいた小学校時代を思い出し、こみ上げそうになりました。山と川、その雄大さに胸が高鳴っていく。それから、2つのボートに分かれ、さらに緊急時の説明が始まりました。命に関わるということは十分に承知していて、だからこそいい加減な気持ちで乗ってはいけないのだと。そして、ようやく足首まで川に入ってみると、雷鳴が。すぐに隣から雨足が強くなり、雨の境目が見えました。どんどんこちらに近づき、通り雨に遭ってしまって。天候が悪ければ中止になってしまう、息子が出かけに作ったてるてるぼうず3体が力を発揮しますようにと祈っていると、あっさり天気は回復し実行できることが分かりほっとしました。一緒に乗り込むのは40代のご夫婦、にこやかにご挨拶し、ひとつのチームに。そして、スタッフさんは一番後ろに座り、指示通りにみんなで漕ぎ始めました。大きな流れに盛り上がり、声を掛け合いチームワークは抜群。その時、20代の時に付き合っていたアメリカ育ちの彼を思い出して。多忙を極めていたのだけど、ふとした休みに誘ってくれたことがありました。「今度会社の仲間とラフティングに行くのだけど、Sも一緒に行かないか?」と。ちょっと怖そうだし、会社の方達と楽しんできてねと断り、気持ち良く充実した時間だったことを後から聞きました。とんでもないストレスの中にいた彼、でも同僚と社外の自然の中で一緒に漕いだそのひとときは、またいい結束を生んでいたのだろうと。抱え込んだプレッシャーを彼なりになんとか逃がそうとしていた、その気持ちに少しだけ近づけた気がしました。本当の辛さは本人にしか分からない、でももっと分かりたかった、だけど分かってしまうのも悲しかった、それから20年近く経ち、彼はトップに。一緒にボートに乗った仲間とは、今でも支え合っているのだろうか。荒波でも越えられる人だと、そっと成功を祈ることにしよう。そんなことを思っていると、ボートの上から飛び込んでもいい領域に来て、息子はタイミングを間違えて川の水を飲み込んでしまったよう。むせながら動揺しているのが分かり、それでもライフジャケットでしっかり浮いていたので、フォローしながらもう一度ボートに乗りました。また力を合わせ、声を出し、イチニイチニのリズムで下っていく。さらに、小さな崖から飛び込んでもいい場所に来たので、みんなで降りました。次々に飛び込んでいく人達、その中で息子だけ怖がっていたので、スタッフさんがサポートをしてくれてボートに戻ることに。最後は私だけになりました。怖かった、でもこの経験はもう最初で最後になるだろうと。そう思い、勇気を出して踏み込むことに。ジャバッと川に沈み、一瞬で顔が外に出て、みんなの笑い声が聞こえて。経験、大事な財産だなと改めて思いました。今感じている勇気を忘れないでいようと。その後も、急流をぐるぐる回り、最後はわざとスタッフさんが壁にボートを激突させ、みんなで発狂しながらゴールに辿り着きました。降り注いだ水しぶきは、キラキラしていて。初対面の方達と7kmの川を漕いだよ、落とし合うのではなく助け合い、励まし合い、そして笑い合った。その全ての時間にありがとう。

またバスに乗り、着替えを済ませ、長瀞の駅までスタッフさんに送ってもらいました。すると、息子のご機嫌が斜めなことが分かって。「あのね、飛び込まなかったという選択をしたことも勇気なんだよ。Rは川の水を飲んで、自然の怖さも知った。それって大事なことだと思う。場の雰囲気に流されないで自分の命を守ったんだよ。川の面白さも怖さも両方経験できたね。自分が選んだことに後悔するのではなく、自信を持ってあげて。その時、それを選んだことは意味があるって思うから。グッドチョイスだったよ。楽しかったね!」そう話すと、息子の表情が少し晴れていくのを感じました。私の中では、高1のクラスメイトが大学在学中に海で亡くなったという訃報を、マブダチK君から受けた時のことを思い出していて。電話の声は遠くなり、時が止まったようでした。生きていたら同じ45歳、彼のことをこの先も忘れない、絶対に。
Mさんのフォローもあり、機嫌が直った息子。ラフティング、楽しかった!とホテルに戻って落ち着いた頃に伝えてくれました。そして、また温泉に入った後、窓から見える夜景を見ながら伝えてくれて。「この景色も、今夜で最後か。」と。彼は、ひとつひとつの思い出を、抱えきれない程の出会いを大切に持って進んでくれているのだと思うと、泣きそうになりました。反抗期、成績不振、大事なことは全部後回し、なんなんだと思うことはここ数か月数えきれない程あった。それでも、一番奥にあるものは純真無垢なハートなのだと。そこに光を注げる母親でありたい、そう願った二日目の夜。楽しい時間もあと一日。