ネット上のトラブルに巻き込まれてしまった翌日、朝から色々な対応をしている中で、息子が遊びに行ってくれることが分かり少しほっとしました。その後、少しでも気持ちを落ち着かせようといつものお寺へ。ゴンと鳴らし、お賽銭を入れ、手を合わせていると、その音に気付いた住職さんがこちらに出てきてくれました。何かあった?その表情には毎回のように、そんなメッセージを感じて。そして、ご挨拶をすると、ちょっと待っててねと言われ、待たせてもらうことにしました。こんな間までもが、穏やかに包まれているようで。すると、大きくて新鮮なトマトときゅうりを手に持ち、渡そうとするので驚いて。「いやあ、そんな気を使わないでください。」「頂き物だから。」そう言われ、ありがたく頂くことに。そして、バッグから前回同様に五穀米セットを渡すと恐縮されてしまいました。「そんな気を使わなくていいのに。いつもの?」その言葉に笑ってしまって。“いつもの”というセリフは、常連さんの証でもあるよねと。そして、令和の時代に物々交換をしている自分達がなんだか微笑ましくて、昭和の懐かしい風を感じました。今日はそんな優しいひとときのお話。
きゅうりを渡された時、真っ先に祖父を思い出しました。いつも家庭菜園をやっていたおじいちゃんの匂いがして。これは、祖父のメッセージか?そんな気もして胸が熱くなりました。祖母は退院している間、縁側からやってきた親戚を招き入れ、仏壇の前で談笑する時がよくあって。義理の妹の運転で、ひいおばあちゃんとやってきた日。曾祖母、祖母、母、私とおばさん。4世代がそこにはいて、いつも賑やかでそんな時の母の気持ちは落ち着いていました。お供え物を頂くと、他の方から頂いた物を、「持っていかんね。」と伝え必ずと言っていい程渡していた祖母。小分けにし、誰の気持ちも大切にしようとするそんなおばあちゃんの何気ない行為が好きでした。祖母が乳がんの闘病の末に他界し、葬儀が自宅で行われた時、そっと片隅で涙を拭う曾祖母の姿がありました。上の位の軍人さんの奥様で昔は気の強い方だったと母からは聞いていた、でもハンカチを持ち泣く姿は可憐で、私も一緒に泣きそうでした。曾祖母と祖母の関係は良好だった、生まれつき体の弱かった祖母のことを気にかけていたのは、子供の私にも分かりました。仏壇の前で談笑したそんな時間を、曾祖母は思い出し、抱きしめていたのではないかと。親より先に逝ってしまったね、治療苦しかったよね、安らかに眠ってね。一滴の涙にはそれはもう沢山の気持ちがあったのだろうと。おばあちゃんが、病弱でも卑屈にならなかった理由がここにあったんだね。
いろんな想いが駆け巡っていると、住職さんが端に座り、私と長く話す気でいてくださるのが分かったので、ネット上で起きたことを少し話しました。すると、普段聞かないような内容だったからか、「え?え?」と何度も聞き返してくるので、その言動が祖父にそっくりで、あかん泣きそうだとこみ上げそうになって。このご縁にはやっぱり大きな意味がある、そう思いました。話を聞き終えた後、驚きながらも伝えてくれて。「生きていたら、嫌なことにも遭遇する。でも、その経験が学ばせてくれること、沢山あるよ。顔と顔を合わせて話せたら、もっといろんな問題が解決へと向かうんじゃないかと思う時がある。便利な世の中になりすぎちゃったから、起こってしまうことも多いね。でもね、それもまた経験、次に活かせばいいよ。」そして、住職さんがご経験された驚きの体験も話してくれました。なんだかやっぱり私ってまだまだなんだなと、自分の問題が小さく思えてきて。大きな風船のようだと起こってしまった時は感じてしまうことがある、気を付けないともっと大きくなってそのうち破裂してしまうのではないかと。でも、落ち着いて対応すると、野球ボールぐらいになっていて、自分で解決できたその経験があれば、また別の問題が来た時に混乱が減るのではないか。住職さんが伝えてくれようとしたことは、そういうことなのかなと思いました。そして、最後に握手をして頂けないかとお願いすると、意外な返事が。「いいけど、肩こりなの?」と。こちらとしてはハンドパワーを少し分けてもらえないかというつもりだったのだけど、住職さんは鋭く何かを察知したらしい。「はい。重症です。」「こっちにきなさい。」そう言われたので、後ろを向いて前に立たせてもらうと、肩に手を置かれました。すると、じわっとあたたかさが広がり、指先までびりびりするような血の巡りを感じて。肩に降り積もっていた数々の苦が和らいでいくようでした。手を離され、どう?と聞かれたので、肩を回してみました。「軽くなって驚いています。」「血行不良だよ。」そう言って笑ってくれたのですが、それだけじゃないものがあったのではないかと思いました。邪念か??こちらが想像を絶するような修行を経て今がある、その手から感じられるパワーに心の底からの敬意を払わずにはいられなくて。お礼を伝えお別れし、振り向いて再度トマトときゅうりをありがとうございました!とお辞儀をすると、笑顔で手を挙げてくれました。背中から、こちらのストーリーが見えていたのだろうか。
父が実家を出て、その直後は祖父に当たられていたものの、少しずつ穏やかな日常を取り戻しつつありました。そんな時、ご近所の男性が、あんたの婿出ていったらしいなとあざ笑いに来て。言い返さず縁側にしゃがみ込み、小さくなっていた祖父の背中を忘れることはありません。その後、毎年楽しみにしていた老人会の旅行を断るようになり、そんな時だったか言ってきました。「Sちゃん、お父さん家の場所知ってるだろ。おじいちゃんが悪かったって頭下げているから、戻ってきてほしいと伝えてくれないか。」と。プライドの高かったおじいちゃんがここまで言っている、余程寂しいのだろうと胸が詰まって。祖父の気持ちを受け止め、父宅へ。すると驚かれながらも伝えてきました。「一人暮らしをしてみたかったと伝えておいて。」と。それは、祖父が悪いわけではないという父なりの優しさなのだと思いました。その後、お正月ぐらい来ないかという祖父の伝言を私が引き受け父へ。それでも、若い彼女を優先させました。そして、ふと自分のメンタルが弱った時に戻りたいと言い出して。その言葉を祖父は長年待っていた、でも即答はせず私に相談してくれました。父のいろんな気持ちをぶちまけたらおじいちゃんはきっと傷つく、だから、今の形が一番いいと思うと断ってもらって。私が守りたかったのは祖父の財産だけじゃない、何より心でした。葬儀から少し経った後の家族会議で父に伝えました。「おじいちゃんね、お父さんにたった一度でいい、言ってほしかった言葉があるんだよ。何かわかる?」そう言ってもただ俯いている父。「お義父さんって呼んでもらいたかったんだと思う。直接言われたわけじゃない。でもね、おじいちゃんを見ていたらわかったの。深く繋がるってそういうことじゃない?心の中でもいい、おじいちゃんにそう呼んであげて。」そう話した数日後、仏壇の前で長い時間父が手を合わせていたと、ネネちゃんがこっそり教えてくれました。なかなかいい時間だったよと。
住職さんを通して、祖父が私に何かを伝えようとしてくれている?そうだったとしたら、本気で大泣きしてしまいそうだ。そんな神秘、信じる?