学ぶことの連続

二か月に一度の主治医のいる病院へ、また電車に揺られ行ってきました。猛烈に暑い上に、平日でも人が多い新宿の街を歩き、辿り着いた待合室。いつものように呼ばれ、中に入るとほわっとしました。先生といると綿菓子の中にいるようだなと。そして、前に出してもらっていた漢方の流通が止まっていることを、まだ先生が気にしてくれていたことが分かりました。こちらはトライした漢方がフィットしていたので、喜んで4合目まで登っていたものの、先生はまだ3合目で気を揉んでくれていて。私がもしまた転がっても、その場所で受け止められるようにその場にいてくれたことが分かり、胸がいっぱいになりました。その他にも、出してもらっていたクリームの使用感について聞いてくれて。「前に出したものと、今のもの、どちらが効いている気がする?」「どちらがという訳ではなく、季節によって肌質が変わるので、夏場は今の方が効いている気がします。一年を通して、使い分けた方がいいのかなと感じました。」と正直に伝えると、返事が。「そうか。学会でも意見が分かれるところなんだよ。どちらが効く?という議論が起こるんだけど、季節によってというのもあるなら、どちらがという訳ではないというのもひとつの意見だね。」そう話してくれた時、先生はこうやってずっと学び続けている方なのだと思いました。固執することなく、常に柔軟で、患者さん一人一人の意見を拾っていく。最善とは何か、この先もずっと探し続けるあたたかい医師なのだと思いました。そして、気圧の変動で相変わらずやられる話をすると、そこは漢方から一旦離れてみようという話になり、代わりに提案してくれたのは、内耳に効く薬。まだ飲んでもいないのに、うまくいく予感がして嬉しくなった診察室。今回も、先生のマジックにかかったよ。心に作用するということ、大きな安心感は次のステップへ。先生に出会えた患者さんは、やっぱり幸運なのだろう。

そんな気持ちを抱え、ひとりで新宿駅周辺のカフェへ。すると、お昼の時間帯でビジネスマンの方も多く、ふと私はみんなの目に映っているのだろうかという不思議な気持ちになりました。フルサービスのお店で、壁側に座る自分だけブラックホールで、こちらだけが見えているのではないかと。暑さで頭がぼーっとしているからか?!と思いながら、せっかくなのでこのまま思考を巡らせることにしました。もし自分の父親が、主治医だったなら、私の人格はもっとふわっとしていたのかなと。いろんなことを許容し、深く理解し、包んでもらえていたなら、また少し違う人生が待っていたのかな。その選択が、もし幼少の頃にできていたなら私はどうするだろう。答えは、今の父を選ぶ。それは間違いないだろうと思いました。大変だと分かっている道に進む、なぜならその大変さの中にキラキラがある予感がするから。父のだめさの中に、小さくても光るものがあり、自分が苦しい時に助けてくれる方達にきっと出会う、それを持って前に進む、そんな未来を小さくても感じるのではないかと思いました。中学時代に担任になってくれた女の先生、母親と子供の立場が逆転している現状に気づいてくれて、涙が溢れました。3年になり、先生は産休に。寂しさを隠し、もっと強くならなければと自分に誓った高校受験。卒業式が終わり、ソフトボール部のバッテリーと3人で先生宅へ遊びに行った時は、すっかり二児のお母さんになっていて、その柔らかさにこみ上げそうでした。それから高校で出会ったのはマブダチK君。自然と仲良くなり、自宅へ遊びに行くと、担任だった先生のご近所さんで驚きました。この場所に、何か見えない力が集まっているのかなと。そんな不思議な出会いをした彼は、何度も家族のことで辛い思いをする私に言ってくれました。「お前の両親が普通の人達だったら、今のお前はいないと思うんだよ。なんて思いにさせるんだよって聞いていて腹が立つよ。でも、沢山考えなきゃいけないことにいつも直面して、だからその思いを皆に届けようってしてくれるんだろ。Sが普通の子だったら、お前なんて通行人Aだよ。」主治医がお父さんでいてくれたら、K君との出会いはきっとなかったな。あったとしても、ただのクラスメイトで終わっていた。そして、うちの両親だからこそ、子供の頃から無意識の間に感じていたことがある。多分私は、思いどおりにいかないことを前提で生きているんだなと。訳の分からないことが常にあって、だから、両親がごくたまに届けてくれた真っ当な優しさに胸が詰まった、外で会えた方達が向けてくれた気持ちがとても嬉しかった、それは当たり前ではなかったから。だからこそ、どんなことがあっても感謝したいし、うまくいった時もそれがずっと続く訳ではないから磨きたいし、諦める時は本当に自分が納得できる時でありたいとここまで来たのかもしれません。軸が、誰かではなく、自分であること。まだまだだけど、うまくいかない時は笑い飛ばすことにしよう。

さてさて、ランチが終わり、ウェイターの方が新しいお水を持ってきてくれたので、どうやら私はブラックホールにはいなかったよう。って、そりゃそうだ。お店を出て、新宿の高層ビル群から見える空を仰ぎました。視線を戻すと、ウェンディーズが見えて、そこは仙台の旅行から心地よい疲れと共に息子と帰ってきた私達親子と、プログラマーのMさんが夕飯を一緒してくれた場所で、なんだかじわっと来ました。歳を重ねて一人になっても、どこもかしこも沢山の思い出があって、それを目にする度また歩き出せるんだなと。その時は、心理学をもっと学べていたらいいなとそんな何十年も先の自分とすれ違えたようでした。出会えて良かった、そんな方達が沢山いる。心の中で、なくなることのない一生の宝物です。