階段上るよ

大事なMRIの検査の日、4時間前から飲食禁止の案内があったので、大人しく自宅でブランチを済ませ、パソコンを開いていました。が、なんとなく落ち着かず早々と切り上げると、母が登場。検査時間が息子の帰宅時間に間に合わないようだったので、予めお願いをすると早くから来て、結局母の話に付き合うことに。想定内だと分かっていても、こんな日はちょっときついんだな。
そして、そんな時にふと頭を過ったのが、男の人生の先輩の言葉でした。「そのままのお母さまのありのままを肯定することにより良い兆しがみえる。そんな風になれば良いなと感じております。現実は厳しいと思いますが、頑張りすぎないで。」と。こちらが困惑している様子を母が察知すると、また訳の分からない展開が待っているので、ここはぐっと堪えて、助けてもらえることを有難いと思う気持ちを前面に出し、予定時間よりも早めに病院へ向かいました。

検査の為、ノーメイクで、淡く塗ったネイルも予め落とし、こんな日は誰にも会いたくないなと思いながら少し沈んだ気持ちで放射線科に向かうと、随分明るい看護士さんとご対面。ガウンを着た私に、「造影剤を入れるために針を通したいんだけど、腕を見せてもらってもいいですか~。」となかなかのハイテンションで言われ、一気に気持ちが上がっていきました。看護士さんが明るいのはここの病院のウリなのか?!と半笑いしながら右腕を出すと、「これは細いなあ~。左もいいですか~。あ、私的にはこっちがいい!」と一人で盛り上がるので一緒に笑ってしまい、左腕に点滴をお願いすることにしました。どんな検査結果が待っているのだろうと沢山の気持ちが渦巻く中で出向いた病院、何気ないやりとり一つで不安感を払拭してくれる看護士さんに今回も助けられ、医療って心も体も全部含めてのことなのだと嬉しくなった優しい時間でした。

そして、閉所恐怖症の私がドーム型の機械の中へ。目をつむり、大音量の機械の音を防ぐために癒しの音楽が聴こえるヘッドホンを装着してもらったのですが、それでもうるさい!仕方がないのであれこれ考えていたら、心筋梗塞で急逝したおじさんのことが蘇ってきました。あまりにも急すぎて、葬儀が終わり、落ち着いた頃におばさんがそっと話してくれて。「一週間で良かったの。もう少し最後の時を一緒に過ごしたかった。」と。でも、大好きな畑仕事の最中に異変を感じて車の中で亡くなったから、それはそれで幸せな人生だったかもしれないねって笑いながら、泣きながら話してくれました。「Sちゃん、あなたは元々体が弱い。それに加えてお母さんのことで神経をすり減らしている。いい?人の命は儚いものよ。だから、どんな時も大切にして。亡くなった主人も同じことを言うよ。」自分がまだ悲しみと向き合っている時に、こんな言葉をかけてくれるおばさんは、とっても強く温かい人なのだと思いました。苦しいからこそ、届けられる想いもあるのだと。
そんなことを思っていると、若い男性の放射線科の先生が、声をかけてくれて無事に検査終了。着替えを済ませ、別の場所で針を抜いてもらうために看護士さんを待っていると、また先程の明るい方が再登場。色々と労ってくれて、病院内で笑えるっていいなと心の底から思いました。一方的に助けられた時間。誰かを包むのではなく、ふわっとさりげなく毛布にくるまれた日。なんとなくくらくらしながら自宅に帰ったものの、検査を一つ終えたので、一つ階段を上れたようでした。あとは結果を受け入れるのみ。A笑う、B泣く、ウルトラC泣いて笑って、吹っ切れる、そして文字起こし。もうね、Cしかないでしょ。

そんな翌日、シェアオフィスの近くを散策していると、見つけてしまった一つのカフェ。高そうなイメージしかなかったので、敬遠していたのですが、看板にモーニングの文字が見えて、コストパフォーマンスの良さに、感激してしまい吸い込まれていきました。久しぶりの新規開拓、広い空間に心地よい音楽で、頑張ったご褒美をちょっともらえたようで。灯台下暗し、意外なところに宝があったりするんだよね。食事が終わる頃に持ってきてくれた新しいおしぼりにはメッセージが。『今日がすてきな一日になりますように』うさぎちゃんの絵付き。かわいい店員さんもね、そう心の中で呟き、また来ますと振り返り退店。こうやって、また一つ上る。

高校1年の時に、隣の席になったY君。当たり障りのない話をして、クラスが変わり、大学のキャンパスで偶然再会しました。「あれ?ここの大学だったの?学部が違うと分からないね~。」と言って、通学途中で会うと談笑して帰る中に。その後、社会人になり、カナダに1年留学するという話をマブダチK君から聞きました。「ヤロー共で、時間が空いているヤツを探して名古屋空港まで見送りに行ったんだよ。そうしたら、Y君のお母さんもお見送りに来ていて、泣きながら見送っていてさ。なんだかその姿を見て俺まで泣きそうだった。親っていいなって。男だから、素直になれない所もあるんだけど、こんな風に見守ってくれているんだって思ったら、堪らない気持ちになったよ。」私は、K君のその言葉に泣きそうになったよ。どれだけ情が深い人なのだろうと。

そして、カナダから帰国した彼は、千葉にいることが分かって一人暮らしの私に連絡をくれました。渋谷で待ち合わせをし、久しぶりの再会に乾杯。「カナダに行く時、K君達が見送りに行ったって聞いたよ。」「そうなんだよ~。もう俺感動して泣いちゃってさ。まさか来てくれるとは思わなかったから。高校出てさ、みんなバラバラになると思っていたのに、こんな風に見送ってくれて、友達っていいなって思った。」なんか羨ましいな、男の友情。「で、どうだったカナダ?」「ケベックにいたんだよ。フランスの文化だったりしてさ。英語が通じない地域もあってどうしようかと思ったよ。色んな人達の融合で、みんながそれぞれの民族や文化を大切にしていて、学びが多かった。」ぐっと世界が広がった彼の視野が開けていて、でも根底には名古屋空港で見送ってくれた家族や友達の愛があって、だから沢山階段を上ってきたのだと思いました。
彼と飲んだのは、その日が最初で最後。高校時代の話で盛り上がり、あの時隣同士だったけど何を話したらいいか分からなかったね~と笑い合い、大学の電車の中で何でもない話をしたことを振り返り、笑ってお別れ。また頑張るよ、今日はありがとうね、彼の背中に心の中でそっと呟く。こんなことの積み重ねで今があるんだ。