この間、息子が半日授業だったので早めに帰宅し、一緒におやつを食べていると、宅配便の方が来てくれたのが分かりました。慌ててインターホンに出たものの、大きなナッツが入ったチョコを丁度口に入れた時だったので、代わりに荷物を息子に受け取ってもらうことに。すると、てっきり私が出てくると思った業者さんは、ジャージを着た中学男子が開けるのでかなり驚いていたよう。その話を後から息子に聞き、大笑い。「ナッツをモゴモゴさせて出るの、失礼だと思ったんだよ。でも予想外の展開でいつもの業者さんも驚いただろうね。」そんな穏やかな日常の中、3学期の授業参観が近づいてきたので聞いてみると、来ないでという返事が。「英語で発表があるんだよ。社会科だったらママも行きたいだろうしいいよと思っていたけど・・・ごめん。」それはそれは、仕方がない。「図書室は見せてもらったし、またの機会を楽しみにしているよ。」そう話すと安心してくれました。変装して行った所で確実にバレるし、彼のパフォーマンスが下がってもいけないので、想像を楽しむことに。小学校の参観日がこんなにも懐かしくなるのはなぜだろう。一緒に成長してきたね。
日々、いろんなことがある中で、もう一度ゆっくり思考を巡らせてみました。ネネちゃんはよく言っていて。うちの両親がもっと子供の時から自分に投資をしてくれていたら、私はもっと力をつけられたのにと。その言葉に多少なりとも違和感があった中で、それもひとつの姉の考え方であり受け取り方なので、黙って聞いていました。彼女とはもしかしたら前提が違うのかもしれないなと。私の場合、色々あった中で両親に感謝していて、もっとこうしてくれたら良かったのにという気持ちは起こらなくて。なんでだろうと改めて振り返ってみたのだけど、トラウマもある中で、自分なりに成功体験を積んできたのが良かったのかもしれないと思いました。家庭内がどろどろだった二十歳の頃、それこそもうあらゆる可能性を考えていて。ここで中退したら一生後悔するし、家族のことがあったからだと言い訳し続ける自分が容易に想像できました。でも、ぎりぎりのところまでやれるだけやったらたとえ一旦は中退になったとしても、後悔ではなく多少なりとも達成感が沸き起こるのではないか。そのプラスの感情を持っていたらまたどこかでチャンスはある、今できることは何?自分を信じること、そう思いました。実家にあった大きな仏壇、子供の時に母の兄である伯父さんが生後1週間で亡くなったことを知り、何気なく気づいたことがあって。写真がない。それどころじゃなかった、それだけ祖父母は深い悲しみの中にいたのではないかと。家庭内は崩壊へと進んでいて、でも仏壇の前に座ると伯父さんや祖母を近くに感じました。命って重いね、二人に語り掛ける度、目の前で起こっていることと別の世界が広がるようでした。怒涛の毎日を過ごした学生時代、卒業式を終えて少し経った頃、マブダチK君が伝えてきて。「本当にやり切ったな。大学卒業という学歴と教員免許、もしどちらかしか取れないとなったら、Sはどっちを選ぶんだろうなって、そんな2択はもちろんないんだけど、考えてみたんだよ。Sは教員免許を選ぶんじゃないかなって。俺さ、お前がどんな思いでこの4年間を過ごしてきたか誰よりも近くで見てきた。理不尽なんてもんじゃない、その言葉はコイツの為にあるような言葉かよって思ったりもした。でもSは逃げ出さなかった。大学卒業するだけでも大変だったんだよ、それなのに本当に教員免許を取った。中学だけかと思ったら高校も取れたと言う。深夜までバイトしていたのを知ってる。自分のことを削れるだけ削って手に入れた。ただの資格じゃないぞ。俺はその価値を知っている。きっと沢山の人達に応援されて掴んだものだ、Sはこれから生涯大切にしていくんだろうな。お前にとって武器じゃないんだよ、この先Sを守ってくれるものだと思う。大学の学歴はもしここで捨てなきゃならなかったとしても、どこかのタイミングでもう一度取りに行くだろ。まあ、俺が勝手に考えた2択だけど。卒業おめでとう。」世界にたったひとり、自分のことを理解してくれる人がいてくれるだけで十分だと思った。なんだかもう、それ以上のことはないんじゃないかと思うぐらい。「Sと話しているとさ、宇宙のようなものを感じる時があるんだよ。目の前に悩みはあるのに、お前と話しているともっと別次元の空間に連れて行ってもらえるような、不思議な気持ちになる時がある。で、気が付いたらちょっとだけ軽くなっていて、もう少し頑張ってみるかって。生まれてきてくれてありがとうって本気で思うよ。」こんな風に肯定してくれる人がいる、それで十分。いや違うな、十二分なのかもしれない。
息子の授業参観に行けないのなら、彼が大学に入ってから聴講生としてこっそり同じ講義を受けたら、激おこだろうなと想像してみたら笑えてきました。やり残したことか、というより未来への課題はなんだろうと改めて思って。沢山の人達に出会うこと、もう一度学生として大学のキャンパスを歩くこと、心理学を学び続けること、ネネちゃんに肩の力を抜いてもらうこと(本人の気持ちを大事にする)、息子が二十歳になったら一緒に甘いお酒を楽しむ、47都道府県を回る、12球団の本拠地で野球観戦、ラグビー場へ行き声が枯れるまで叫ぶ、もう一度オーストラリアへ行く、シアトルに行くまでにグレイズ・アナトミーを全部観る、読みたい本を一気に読んで、観たい映画を夜通し観て、カフェ巡りに明け暮れ、夕陽を見ながら記事を書いていたら涙が一滴。そんな生を大切にしたいと思う。