コロナ禍の時、小学校は休校、家庭内でも色々あった時期で、そんな中別居をしていた両親の同居が始まり、混乱の極みでした。金融関係の仕事を退職し、父が燃え尽き症候群状態だったので、何一つ動こうとせず、母のいら立ちはMaxでこちらにぶつけてくる始末。下腹部に強い痛みが走ったのもそんな時でした。堪えているものが体に出てきたサイン、父には冷静にメッセージで怒り、さすがにまずいと思ったのか、両親の仲はかろうじて沈静化に向かってくれました。何かもう、立ち止まったら全く動けなくなりそうで、ものすごい勢いで彼らの家を片付けにいって。自分の状態がどうなっているかなんて考えるのさえやめようと思いながら、ようやく時間ができて向かったシェアオフィス。緊急事態宣言中も開いてくれていたことが、私の救いでした。会員カードをピッと当て、中に入ると誰もいなくていつもの席に座ると、ようやく自分のことを認識できたような何とも言えない安堵感に包まれました。深呼吸をすることさえ忘れていたんだな。そんな時、陽気にやってきたのは、その場所で顔見知りになった不動産関係のお仕事をされていたHさん。いつもは挨拶だけなのに、その日はオフィスに誰もいなかったこともあり、色々と聞きたかったことを聞かれ、二人でわいわい。私のダークなコロナ禍に、唯一色が入った瞬間でした。その後、またお会いすると、実はあの日お酒が入っていて絡んじゃったんですけど、何も会話を覚えていなくてと謝られて。人間界の人と久しぶりに話せて和みましたと伝えると、一緒に笑ってくれました。お互い、苦しい時を乗り越えてきた、その時育まれた友情は本物で。トンネルの中にあったささやかな光が、大きな支えになったなと改めて思いました。自分を取り戻すのは、こんな時なのかもしれない。
もう20年以上前、父が家を出て行って、若い彼女と父宅で遭遇してしまったさらに後、マブダチK君がふと伝えてきました。「姉貴、大阪から帰ってきてるんだな。この間、おじさんといる所を見たよ。」その話を聞き、私が固まっていることに気づくと、しまったという顔をされて。「あ、でも見間違いだったかも。」と取り繕ってくれたものの、入ってきた情報はどうにもならず、処理が追いつかなくて。姉は最近帰省していない、その人は新しい彼女だ。そう確信し、一人になりたくて早々と別れました。それから少し経ち、バス停でバスを待っていると、反対車線から父が運転する車を見かけ、その隣には姉と似た若い彼女が乗っていました。K君の言っていたことは正しかった、父はこんな風に笑う人なんだなと。こちら側は祖父と母に当たられる日常がある、反対車線には彼女と笑顔でいる父がいる、道が大きな川のようで、あまりにも世界が違って見えました。その時受けたショックが大きく、その後バスに乗ったのかさえ全く思い出せなくて。辛くなると、こうやって沢山の消去ボタンを押してきたのだと思いました。本当は心の片隅で、ゴミ箱の中にあると分かっているのに、なかったことにしたくて。その時、どう思ったか。悲しかったし、悔しかったし、情けなかったし、でもどこかで父の幸せを願っている自分がいた。良くないけど、もういいや、いろんな気持ちを整理し、処理しきれていない思いも込みで、その経験を大事にしていきたいと思いました。昔も今も。
祖父の戦争体験を何度も聞き、たった一度だけ現地で恋をした1人の女性のことを話してくれたことがありました。それはきっと、祖父の初恋の相手、ダークグレーの世界に唯一色が入ったその話に胸が詰まりました。他界した後、両親と姉におじいちゃんがどう戦ったのか、伝えることに。戦争に行って捕虜になり生還した、それは表面上分かっていたこと。私が知ってほしかったのは、その過程だということ。戦地に行ったみんなが捕虜になったのかそれを知りたかった、だから本人に聞いてみたと。おじいちゃんは陸軍だった、海軍や空軍は敗戦した後戻りやすい状況にあった、陸軍でも長江や黄河といった大型河川のそばで戦っていたら、船に乗せてもらい避難することもできた、でもおじいちゃんはもっと内陸で戦っていた。それが運命の分かれ道だった。そこで車に乗せられ、その時に日本は負けたことを知り絶望した。戦時中も極寒のシベリアで捕虜になった時も目の前で仲間が亡くなるのを見てる。とんでもない精神状態だったと思うよ。それでも、待っていてくれる家族のために生き抜いた。小さな希望を捨てなかった。日本に戻れた時に、舞鶴港に降ろされて、その時見た景色を忘れない、本当に帰って来られたんだなって、ようやく生きた心地がしたと話してくれたよ。おじいちゃんにとって家族は特別な存在だった。だから、目の前で壊れていくことは耐えられなかったんだと思う。その怒りを私にぶつけた。とても辛かったけど、なぜおじいちゃんがそこまで大切にしたかったか、その理由を知っていたから耐えられた。この気持ち、分かる?相手のことを知りたいと思った、だからおじいちゃんは本音を話してくれたよ。そんな関係を大事にしたい、これからもずっと。
息子は最近、よく嘘をつくようになった。それが反抗期であり、ちょっとした成長でもあり、たまたまそういう時期なのかなとも思いたいのだけど、悲しくなってしまうことも多々あって。嘘をつかせてしまっているのは、私が原因でもあるのかなと思ってみたり、嘘をつき続けている本人もやっぱり苦しくないのかなと思ってみたり。人一倍繊細な息子に届ける言葉のチョイスに、試行錯誤しています。祖父の傷みに近づけたように、息子の困惑にも近づきたいのだけど、自分で立ち上がる力も時につけてほしい、そのさじ加減って難しいね。子供の時から、この課題をどうやって解いたのだろう、その人の過程を知りたかった。そこにヒントがある気がしたから。みんな考え方が違う、違っていい、その中で少しでもフィットするものがあれば、それがそばにいる人の助けになるのかなとも。曇っていた空が、晴れてきました。どこかに自分なりの解はあるから。アイテムを沢山ゲットして、旅を続けよう。