周りはみんなホーム

荷造りがなかなか進まないなと思っていた平日の昼間、きちんと話しておきたいことがあるからと呼び出しがかかり、両親宅へ向かいました。「人の命は、明日どうなるか分からない、だから財産の在り処をあなたには全部伝えておくから、覚えておいてね。」そう言われたものの、内容が細かすぎてよく分からず、適当に聞いていると半笑いされながら楽しい時間が流れました。「Sが好きな焼き菓子、今度新居に持っていくわね。」「私のことはいいから、Rに美味しいものを食べさせてあげて。」「私はいいじゃだめなの。Rもあなたも大切にする。二人が大切なの。」堪らないね。その後、銀行に用事があるからと言われ、渡されたお金。「Sから離婚することになったと言われた時から決めていたの。いいから受け取りなさい。」逞しく優しい母、心が、どうしようもなく固まってしまいそうだった負の感情が、母の大きな愛により流されていきました。「お母さん、ありがとう。大切に取っておくよ。本当に困った時使わせてもらうね。」これ以上言葉にしたら、涙が溢れそうでぐっと堪えました。大きなお守りは、預金通帳へ。絶対にこのお金を守ってみせる。

その後、久しぶりの母娘ランチへ。全然会えていない姉のことを心配し、明日会うことになっていると伝えると、母の気持ちを託されました。「お姉ちゃんとそれなりに仲良くやっていたつもりだったのに、急に連絡が途絶えて会えなくなって。それがまだ分からなかったりもしてね。孫二人にも会いたくて。Sは伝え方がうまいから、それとなく言ってくれるかな。」「お姉ちゃんも私も子供の時からお母さんにわーっと言われていて、でもお母さんは覚えていないから、自分達の中で消化しようとしているんだ。例えばね、8割どろどろがあっても、2割笑って会える姿をお姉ちゃんは見せていた可能性があって、お母さんの何気ない言動で一気にどろどろが流れ出たら、お母さんにとっては急だったかもしれないけど、お姉ちゃんにとってはずっと押し込めていた感情なんだ。人の心ってそういうものなんじゃないかなって。だから、お姉ちゃんのペースも大切にしてあげてほしい。お母さんは、私と離れて沢山自覚してくれた。それってものすごく大きなことなんだ。お母さん、その期間に頑張ったんだなって思った。お姉ちゃんには私から伝えておくから。」そう言うと、涙を溜めて頭を下げてくれました。清らかな人、これが本当の母の姿。

翌日、姉といつものカフェで待ち合わせをすると、明るい色のいつもの姉がやってきました。「LINEでざっくりと内容は分かったけど、展開の早さにびっくりしていて。」「このチャンスを逃したら、また出づらくなると思って一気に動いたの。」「Sちんのことはそこまで心配していないの。Sは何とかしていくのは分かっているから。問題はR君だよ。これから教育費にどんどんお金がかかってくるし、感受性がめちゃくちゃ強いから心配。」「夫に、家族の為に体を壊してまで働く必要はなくなったから役職外してもらうように上司には言った。だから俺もどうなるか分からないから養育費は三万って言われたの。」「は?あり得ないでしょ。Sちん、もう十分辛いと思うんだけど、最後の力を振り絞ってR君の為に戦ってほしいよ。弁護士さんを立てればいい。今日ね、出る前にMちゃん(義兄)と話してきたの。両親の財産は全てSがもらって。私は1円もいらないから。」「それはだめだよ。」「ううん、いいの。Mちゃんのご両親が遺してくれていてね。うちはそれで十分だから。Mちゃんも、何か困ったら僕が援助するからいつでも言ってきてって。」その言葉を聞いて、どんどん溜まっていく涙が溢れそうで、言葉になりませんでした。もし、私の審査が通らなければ義理の兄の名義を借りるというのが最終手段でした。でも、それは迷惑をかけてしまうからできないと沢山悩んだ時のことが蘇り、姉に伝えました。「ありがとう。マンションの審査が通らなければ、Mちゃんに頼もうかとも考えていたの。結果的に通ったから大丈夫だったけど。」「私達の名前、いくら使ってくれてもいいから。Mちゃんもなんでも力になりたいって。」そう言われ、大学在学中の時のことが映像で流れました。姉は大阪、姉の友達だった彼は、大学の先輩でもあり卒業証明書を取りにキャンパスへ。車に乗る時伝えてくれました。「僕もアメリカに留学してしまうから、Sちゃんが寂しくなることを心配していた。メールもできるし、困ったことがあったらいつでも相談してきて。本当の妹のように思っているから。」その時伝えてくれた言葉が、長い時を経てこんな風に返ってくるとは思わず、泣きそうになりました。この人なら姉を託せる、そう思えた妹の直感は当たっていた。「いい?遠慮するのは分かっていて言うんだけど、私もSに貸せるお金はあるから。どんと教育費で必要な時はいつでも頼ってほしい。老後に余裕ができたら返してくれたらいいから。Sは簡単に人を頼らない、でもね、拠り所があるって思うだけで気持ちって楽になったりするから。今必要なものはある?」「ネネちゃん、本当にありがとう。今必要なのは、鬼滅の刃の『遊郭偏』。年明けに何度も見逃しちゃったんだよ~。」・・・ははっ。「録画してあるから今度焼いてくるよ!」あんたって子は。でもそれがSちんだよね。緊急性ないし、でも妹はこうやって笑いながら生きてきた、だからこの子は大丈夫。そんな表情で笑ってくれました。そして、母から渡されたバトン。「お母さんがネネちゃんのことを心配していたし、孫達に会いたがっていたけどお姉ちゃんのペースを大事にしてあげてねと伝えておいたよ。」「Sちんの中ではもう整理できたことだけど、私は怒りが残っているから対面するとそれが出ちゃうんだよ。」「ゆっくりでいいよ。離婚したら私の姓は両親と一緒になるから、お墓は守っていこうと思って、落ち着いたら名古屋にあるお墓をこっちに持ってこようと思うんだ。Rも時期を見て同じ姓にしようと考えているよ。」「分かった!一連のこと、おじいちゃんの仕業だ!」と急に笑い出した姉。時間差で言っている意味がすぐに分かりました。戦争に行った祖父、捕虜になった時、おじいちゃんの原動力は家族でした。日本に帰り、祖母と結婚、一人目の男の子は1週間で死産、二人目の母は養子をもらい結婚。姉と私は女の子で、三人目は産まない選択をした。姉と私の名字が変わり、祖父は心のどこかで寂しかったのではないか。「おじいちゃんね、ひ孫を見るまでは死ねないって言っていて、だったら私のひ孫を見ただけでも良かったと思うんだよ。でも、Sちんのひ孫を見るまでは逝かなかった。」Sには何か特別なものを感じていたんだろうね、だからR君を連れて○○家に戻ったらおじいちゃん嬉しいんじゃない?姉のそんな気持ちが伝わってきました。「Sちんの名前って、いかにもあんたらしいというか、思慮深いの。実家の名字も画数が多くて、なんて言うか名字と名前を合わせると重厚感が出て、Sはそっちの方が合っていると感じるんだよ。Sちん、大丈夫だ。あんたはおじいちゃんやおばあちゃんに守られていく。R君もね。お墓の件は早く進めよう。きっとね、おじいちゃん寂しかったんだよ。今日、おじいちゃんの好きなあんぱん買って帰ろ。お母さんにも連絡するよ。なんか、私がすっきりしてしまった。お父さんが養子に来ても私達女の子でお嫁に行っちゃっていたから、これで佐賀のおばあちゃんも報われるよ。Sが実家の姓を名乗り、恋人でも作ってR君の結婚式に出る姿が想像できるもん。Sちんはこれからハッピーになる。そうか~、おじいちゃんの仕業か~。」と満足げな様子で、一緒に笑ってしまいました。本当にそうだとしたら、おじいちゃん、この10年大変だったよ、でもそこに沢山の笑いも感動もあった。そんな私を見守ってくれていてありがとう。もうすぐ、帰ってくるよ。
私の周りにいてくれる人達が、みんなホーム。ここにいてくれてありがとう。