前回、ドラえもんのBGMではさすがに集中できず、イヤホンを付けて記事を書いた後、スマホを見ると広報委員で一緒だった同じクラスの友達からメッセージが入っていることを発見。『明日から学級閉鎖だって』え~!!と驚きながらも、いつもいきなり結論だけを投げてくる彼女らしさに笑ってしまいました。そして、送信してくれていた時間を見てみると1時半。あれ?まだ学校だよねと思いながら、息子に報告。「明日から学級閉鎖みたい。Y君のお母さんが連絡をくれたの。」「え~!!」同じリアクションをどうもありがとう。「なんで分かったの?だってまだ学校でしょ。」時計を見るとまだ2時半過ぎ。「そうなんだよ。それがとっても不思議でね。もしかしたら今日、先生が電話をくださるかもしれないから待ってみるよ。」と一旦その話は打ち切ることに。そして、本当に電話が鳴ったので、元気よく挨拶をすると伝えてくれました。「もしかするともう聞いていますか?」「はい、Y君のお母さんから連絡をもらいました。」「そうなんです。明日から学級閉鎖になっちゃって。今日15人も休みの子がいて、3、4人早退していきました。あーはっはっ!」とここは一緒に笑っておこう。先生も前代未聞だろうなと、きっとてんやわんやで早退の子の人数ももう曖昧で、とりあえず笑った方がいいなという状況なのが分かり、どこまでも先生らしくて嬉しくなってしまいました。「そんな大事になっていたんですね。差し支えなければ何が流行っているのか分かる範囲で教えて頂けますか?」「インフルです!」即答やなとこれまた一緒に笑ってしまって。「今日、来ている子には宿題のプリントを渡したのですが、R君のおうちは離れているので私が帰りにポストに入れておきますね!」「いやいや、寒いし雨なので。」「帰りにさっと届けるだけなので大丈夫です。では、お大事にしてくださいね~。」と明るく通話終了。早退した子の中にY君の友達がいて、そのネットワークでこちらにも連絡が入ったのねと謎が解けました。その後、ポストの中には束になった宿題プリントと1週間後の持ち物が書かれていて息子に質問。「持ち物の所に『はくい(ナス)』って書いてあるんだけど、ナス持って行くの?」「違うよ~。ボク、ナスのグループだから今度給食当番なの。他にもピーマンやじゃがいものグループがあるよ。」先生、どこまでも笑わせてくれるなと思いながら、プリントの裏を何気なく見ていると、何人かの子達が息子に早く元気になってねとメッセージを書いてくれていました。その中にY君のものもあり、『へいさ中になおせ!!』という文を読んで吹き出してしまって。ん?レインボーブリッジのこと?!それは封鎖かと織田裕二さんの顔がちらつきながら、男の子らしいなとほっこりしました。そんなこんなで学級閉鎖2日目、息子はすっかり快方へ向かい、マリオカートを横目にもうひとつの世界へ。休校中がなんだか懐かしくなる。
大学2年の時、実家の状態が一番最悪だった頃、教職課程を専攻しようか迷った時期がありました。そんな時、高校で同じクラスだった男子君が何気なく電話をくれて。すごく仲が良かった訳でもなく、それでも何気なく話すような距離感で、それが良かったのか思いがけず弱音を吐かせてくれました。「実はね、お父さんがリストラの危機で、なんだか家の中の雰囲気も良くなくて、本当なら大学に行っている場合ではないのだと思う。2年生になってから、教職課程も始まるんだけど、プラスアルファでまた費用がかかるから、受講するのやめようか考えているんだ。」「○○さん、お金のことで本当にやりたいことを諦めちゃだめだ。噂に聞いているかもしれないけど、僕んち、それなりの資産家で、いざとなったら本当にお金を貸せるから。体育祭で、来賓の方達に麦茶配っていたよね?母親が役員やっていてそこにいたんだよ。○○さん、同じクラスの子?って後から聞かれてさ。ゼッケンに名前があったから名字を覚えていたんだよ。1年の時に一緒だったと話したら、とても感じのいい子だったって気に入っているんだ。だから、本当に困ったら言ってほしい。ずっと頑張っていたの、知っているから。」こんな言葉をかけてくれる人もいるんだな。体育祭で麦茶を運んでいたのは、茶道部だったから。文化祭ではお茶会をするけど、体育祭では冷たい麦茶をひたすら届ける役に徹していました。その時向けていたのは、もちろん営業スマイルだった訳で、そんな影の役割を見てくれていた人がいたことになんだか胸がいっぱいで。そして、お金のことで諦めるのは違うだろうと本気で伝えてくれたことで、私の中に迷いはなくなりました。「ありがとう。お母さんによろしくお伝えください。○○君、本当にありがとう。なんとでもなるから。その気持ちが嬉しかった。だから、教職課程専攻するよ。やれるだけやってみる。」「うん。どうしても困った時、思い出して。きっと助けになるから。」やっぱり途中で諦めてしまおうか、その度に彼と交わした会話が思い出され、絶対にやり切ろうと自分に誓いました。卒業証書も嬉しかったけど、教員免許状が自分の手に渡った時、支えてくれた沢山の方達の想いも一緒に受け取れた気がして、感無量でした。諦めなくて良かった、本当に良かった。
ふと顔を上げると、だらだらテレビを観ている息子がいて、それでももう一度夕方に算数の問題を一緒にやろうと約束していました。掴んだ免許は、やっぱり息子の専属になっているなと笑えてくる時があって。それでも、その時学んだ教職課程の『生きる力』は、ずっと自分の中で大きなキーワードになっています。どんな状況になっても、生き抜く力を持ちたいなと。そして、どんなマイナスなことでも、最後には笑いたいなと。まだまだ道の途中、今年の春は何を思うだろう。やわらかい風に包まれて、思いっきり天を仰ごう。心地いいものがきっと吸収できるはず。