何気ない会話

この間は、小学校の地区委員の集まりでコミュニティセンターへ行ってきました。初対面のお母さん三人とご挨拶。すると、二人のお母さんにお見かけしたことあります~と言われてしまって。頭ボサボサで小学校には行けないなと半笑いしながら、すっかり打ち解け和やかな時が流れました。そして、お互いが全くの初対面だったお母さんは、一緒の広報委員だった訳で。たまたま彼女のお仕事の都合でお会いできなかったので、意外な場所でご挨拶ができすっかり仲良し。そして、可愛らしいその方は、以前はスタバの店員さんだったよう。今年は、何か引き寄せているのか?!と嬉しくなってしまい、スタバファンだと猛烈にアピールしたら、みんなに笑われてしまいました。学区で別れた地区の委員になったお母さんが、いくつかある学校の委員会に所属、それが私と彼女の場合は広報委員という訳です。通学路のあそこの場所が危ない、などとみんなで真面目な話をして本日の議題が終了した後、三人は5年生のお母さん達なのに、すっかり輪に入れてもらい、みんなでワイワイ。そんな中、二人男の子を育てるお母さんが、面白い話をしてくれて。「うちの子、全く手紙を書いてくれないのに、4年生の終わりに学校の授業であったらしくて、『いっぱい育ててくれてありがとう』って書いてあって、笑っちゃってね。いっぱいも育ててないんだけどなって。」「いやいや、それって今までの思いが詰まっているからじゃないですか?」と私が言うと、そうねと微笑んでくれました。学年違いのお母さん達、三人は仲良しで、私だけが会話についていけないことのないように、みんながさりげなく配慮をしてくれました。地区委員の仕事内容よりも、こういった気持ちを下の学年のお母さん達に届けたいなと思った優しいひとときでした。そして、別れ際、広報委員の元スタバの店員さんがひと言。「私、○○さんとはもう太いパイプで繋がっていますよね!」と言われ、大爆笑。こちらが質問攻めにしたいぐらい、と心の中で思いながら手を振りお別れ。次回は広報委員会でね。

そんな嬉しい帰り道、名古屋の小料理屋のママからメッセージが来たことを思い出しました。まさかのショートメールで、ハイテクになったことが微笑ましくて。『Sちゃんこんにちは。その後体調は如何ですか?世間は重苦しい空気なので元気な人も滅入るこの頃。快復に向かってますか?名古屋名物で好物があったら送るわよ。』と可愛らしい絵文字付き。名古屋めし、食べたいのだけどママの方が恋しいよと思いながら、そのままの気持ちを送信しました。腰痛を堪えながら、カウンターに立ち奮闘しているママ。別々の場所で頑張ろう、何度も伝え合った気持ちは今も変わらない。

名古屋と言えば、マブダチKくん。彼のお母さんとも仲が良かったこともあり、おばさんのお誕生日にはお祝いのメッセージを、K君を通して伝えてもらっていた学生時代。そして、ある時、自分に余裕がなかったからか、すっかり忘れてしまっていたら、彼が随分日にちが過ぎてから教えてくれました。「お前が忘れているのが分かったから、おかんの誕生日の当日、“Sがお誕生日おめでとう”って言っていたと伝えておいたよ。そうしたら、あの子は本当にいい子ね~って言っていた。」「ああ!ごめんね。ナイスフォロー。伝えてくれてありがとう。おばさんにはいつもお世話になっているのに、大失態だよ。」そう言うと、にやっと笑ってくれて。お前のそういう気持ち、全部届いているよ、きっとそういうことが言いたかったんだろうなと。自分を卑下するのではなく、みんなに愛される人であってほしい、そんな気持ちがいつも織り込み済みで、K君には敵わないと思いました。私が落ち込み、自信を無くしている時こそ彼は言う。「俺の家族さ、Sちゃんと一緒になれってうるさいんだよ。みんなお前が好きだから、彼女を連れて行きづらいんだよ。な、“自分なんて”とか思うなよ。こんな家庭で育ったからとか、Sはとにかく自分のことを下げやすい。でも、俺の家族はみんなお前の良さを分かっているから。」人を支えるということ、私はもしかしたら彼から沢山教わっていたのかも。誕生日当日というものをずっと大切にしてくれた、それは、そこにいてくれるだけでありがとうという彼の紛れもないメッセージなのだと改めて気づきました。

そんなK君と彼の友達Yが、実家に遊びに来た時のこと。父が家を出たという話は二人とも知っていて、落ち着いた頃に、祖父と母と焼肉でもするからと呼ぶと、喜んで来てくれました。終始明るく振舞ってくれたK君。そして、みんながお腹いっぱいになり、最後の焼きそばが余ってしまい、でももういいわとにこやかに母が言った時、寡黙だったYが何も言わずに準備されていた焼きそばの具材をプレートに入れ、黙々と作り始めてくれて。二人が帰った後、母が、その行為がとっても嬉しかった、なかなかできることじゃないと喜んでくれたので、伝えました。「Yね、子供の頃にお父さんが自殺しているの。そのことをずっと胸に抱え、今でも苦しんでいるよ。だから、お母さんやおじいちゃんを励ます意味でも、そうしたかったんだと思う。言葉じゃなくて行動でね。痛みが分かる人、彼にしかできないやり方で、届けたい想いがあるのだと思っているよ。」そう話すと、目を潤ませて聞いてくれました。人が人に助けられる時。
その彼が、結婚したという連絡を随分前に本人からもらいました。自分の家庭を持ち、幸せでいてくれているだろうか。人の痛みではなく、自分の痛みと向き合い、癒すことはできただろうか。また三人で飽きるまで飲もう。