最小単位を広げる

ショッピングモールをふらふら歩いていたら再生された、姉と海外旅行中の空港での会話。「今のアナウンス、どれだけ聞き取れた?」「いきなりリスニングのテスト?Thank you for your cooperation.(ご協力をありがとうございました)だけ。」「まだまだだな。あんたさ、まさかとは思うけど、コーポレーションを会社(corporation)だと思っていない?」え?!違うの?と本気でボケた私に、その後姉からどれだけのツッコミが入ったかはご想像にお任せします。

そんな姉は、とにかく自分に厳しく、英語に対する気合いは相当なものでした。実際の英語をリアルに聞き取りたいからとBSが観られるように母を説得し、現地のニュースを流す毎日。日本にいたら、なかなか生の英語は聞けないからというこだわりでした。海外を飛び回りたい、それが姉の夢。彼女の翼に重しがなくなるよう、配慮を始めたのはこの頃だったかも。それは多分、私が姉に弱音を吐き始めなくなった時。

そういった色々な気持ちを改めて思い出しながら、モール内でおにぎりを食べていたら、知っている後ろ姿を発見。「Kちゃん!」と声をかけると、びっくりされながらいつもの笑顔で目の前に座ってくれました。「遭遇率が高いよね~。」とどちらからともなく言い合った言葉。本当に、とても自然にそこにいてくれる友達の雰囲気に和まされたランチタイム。「いつも書いてくれる記事を読ませてもらって、登場人物の方が身近に感じられるよ~。」と嬉しそうに話してくれました。「Kちゃんのことを書くと、関連の記事が上がるんだよ。」皆さん、色々なことを感じてくださっているよと心の中で呟きながらそう言うと、照れながら伝えてくれました。「Sさん、こんなことまで覚えてくれていたんだって、本当に読んでいて嬉しくなるよ。」忘れる訳ないよ。あなたが温かく母を迎えてくれた場所も、私の心が折れる寸前に優しい言葉をかけてくれた場所も同じ桜並木のある公園。桜が咲く度に、その時もらった気持ちを思い出すよ。だから、タイトルに“さくら”を入れたんだ。心の家族になってくれてありがとう。いつも、そばにいてくれてありがとう。

とても不安定だった母。面倒なことには目を伏せていた父。気が強く早く一人になりたいと常に願っていた姉。気の短かった祖父。大好きなのに、まとまりなんて欠片も無くて、本当にこの人達は私と血が繋がっているのだろうかと何度思ったことか。それでも、外に出ると温かく迎えてくれる人達が沢山いて、散々弱音を吐くと、やっぱり私は彼らが好きで何とかしたいと思っていて。話したからといって現実は何も変わらないのに、それでも帰り道の方が軽くなっている。家族という単位で見たら、辛いことが沢山あるのに、もっと範囲を広げてみると、助けてくれる人がいっぱいいるのだと、泣きながら運転して帰った日が今もそこにあるような気がしています。一点だけを見ない。視点を変えると、違った何かが見えてくる。そんなことを教えてもらったのも、自分の周りにいてくれる人達だったのだと思います。
プログラマーのMさんが以前伝えてくれました。「Sちゃんの文章を読んでいると、上昇気流に乗れるんだ。とても自然にふわっと上げてもらえるような気がするんだよ。」と。嬉しいですね。

別れ際、Kちゃんが心配そうに聞いてくれました。「お母さんとは大丈夫?」「父が来るまでもう少しだから、それまで頑張るよ。後は、父に壁になってもらうから。」笑って話すと、ほっとした顔を見せてくれました。ここまで、どれだけもがき、自分の選択に迷い悩んだか、知ってくれているからこそ感じてくれた彼女の想い。
友達は今日、私に会い、上昇気流に乗ってくれただろうか。