いつもと違う空間

夏休みの終盤、母が息子と遊んでくれた日、思い切ってちょっと遠方の星乃珈琲へ行ってきました。一人でそこまで運転するのは初めてのこと。ネットで地図を確認し、ナビ君を信用すれば辿り着けるでしょうと思っていたら、ふと蘇った淡い記憶。

中学3年生の時、志望校もほぼ決まり、それでもせっかくの機会だからと一つランクが上の高校の学校訪問へ、仲間達男女数人で行くことになりました。結構遠いことは分かっていたのですが、最寄り駅も無く、基本的には自転車通学しかないことが分かっていたし、男子も行ってくれるからまあいいかと気楽に構えていると、担任の50代の女の先生が職員室で声をかけてくれました。「高校の訪問明日だったわよね。場所分かる?」「とりあえず真っ直ぐ行ったら辿り着くかと思って。」そう話すと、周りにいた先生達が大爆笑。「そりゃいつ辿り着くか分からん!」と英語の男の先生。「○○先生の生徒、面白いね〜。」と校長先生。「Sちゃん、あなたのそういう所大好き。」と担任の先生にも言われてしまう始末。いやいや、私のイメージでは川沿いをずんずん行けば、田舎の高校だし、校舎がボンと見えてくるかと思って・・・と心の中で呟きながら、それをまた言葉にしたら、さらに笑われそうだったので止めました。そんなに面白い?と思いつつも一緒に笑ってしまって。先生達がね、職員室の雰囲気を良くしてくれるから、素が出てしまったよ。

そんな受験真っただ中の冬、あまりの寒さにホッカイロをスカートのウエストに挟んで登校。すると給食前になり、急にお腹の皮膚が痛くなりだし、慌てて見てみるとすっかり赤くなり、一部がめくれてしまっていました。慌てて先生に話し、職員室にいた保健室の先生に泣きつくと、馬鹿ね〜と笑ってくれて。「それは、低温やけどだよ。カイロを直接当てたままにするとそうなることもあるの。ちょっと見せて。」「え?先生、ここでスカート脱ぐの?」そう伝えると、すでに給食を食べ始めていた英語の男の先生がむせ始め、また先生達に笑われてしまいました。「Sはちゃんとしているんだけど、どこか抜けているわよね。全部脱ぐ必要はないから必要箇所だけ見せて。」ああなんだと思いながら、ただれた所を見せると、これなら大したことない、放っておけば治るからと随分雑な扱いを受けて終了。その先生は、テニス部の顧問でもあったので、さっぱりした性格は既に知っていて、この先生は信頼できる人、ずっとそう思って接してきました。

そんな保健室の先生に、休み時間仮病を使い、休ませてほしいと頼んだことが1学期にあって。元気がない、顔色もあまり良くない、でもそれは体の不調ではないことを察知した先生は、私を追い返すことなく、1時間だけよと言ってあっさりベッドの上に寝かせてくれました。カーテンを敷くから何かあったら言いなさい、突き放すわけでもなく、心配していると伝える訳でもなく、ただそっとしておく。その時の私には一番有難い対応でした。その後、先生ありがとうと理由も言わずに教室に戻った私にそっと微笑んだ先生は、テニス部の練習に来ているか、様子を見に来てくれました。体を動かし少し元気になった私の姿を確認し、「S、こっちに来なさい。」と呼び出し。テニスコートの端に座るよう促され、伝えてくれました。「あなたが何も言いたくないならそれも構わない。でも、昼間の様子はいつもとは違うものを感じた。私はあなたの顧問でもある。学校の事、友達の事、おうちでのこと、何か一人で抱えようとしているなら話して楽になることもあるから。」いつもはかなり厳しいテニス部顧問。前衛を守っている時、髪の毛を触るだけで怒られたこともある。「邪魔ならもっと短く切ってきなさい!」格好いい怖さがいつもそこにはあって、気持ちのいい先生だなと思っていました。そんな先生が練習そっちのけで、コートの端に二人で座っている、そのことだけで、心が解れていったようでした。その時自分が背負い込んでいたものを話すと、よく話してくれた!と笑ってくれて。先生、聞いてくれてありがとう。敬語なんていらない関係。この包容力を私も身に付けたいと思いました。本当にその時相手は何を必要としているのか。さりげなく、とても自然に、負担にならないようにそっと手を差し伸べる。テニスコートが異空間に包まれた優しい時間でした。

そして、家庭教師のアルバイトをしていた姉が、私に聞いてきて。「あんたの学校に○○先生っている?」「ああ、テニス部の顧問で保健室の先生だよ。すごく信頼しているいい先生なの。」「私の家庭教師先の生徒さんね、学校で嫌なことがあって不登校になりかけたんだって。その先生に助けられたって。恩人だって言っていたよ。」なんだかどうしようもなく嬉しくて、説明のつかない気持ちになりました。学校が違っても、沢山の生徒を助け、そしてこれからも先生はそうしていくのだと。
「あなたは笑っていなさい。でも、無理して笑うことはない。自然な笑顔がいい。保健の授業をやった時に、研究授業だったから緊張しちゃったんだけど、Sの顔を見たらほっとした。なんか、あなたにはそういうものがある。」さっぱり言ってくれた恩師の言葉がまた一つ蓄積されていたことに気づきました。体から出るものとは何かというテーマだったその先生の研究授業で、『涙』だと答えた教え子を、先生もまた覚えてくれていたらいい。