他人の空似

大学図書館にいた頃、カウンターの前を通りかかる度に、行きも帰りも会釈をしてくれる男子学生さんがいて、背が高く面長で、少し猫背気味なのが特徴的でした。愛想がいい訳ではないのですが、本当に軽くちょこんと目を合わせながら、頭を下げてくれて、図書館を行ったり来たりしていた日は、一体何度会釈をしてくれただろうと思います。

シェアオフィスで毎回必ず会う、設計士さんだと私がなんとなく思っている若い男性の方。夫が有給の時、平日の夜に短時間でも行こうと思い、勢いで出向くと、そこにも遅くまで仕事をしている設計士さんの姿が。日曜日も見かけました。その方が、休憩でドアを開けて出た後、受付の方に、「お疲れ様です。」と言っている律儀な姿を見た時、何かが『あっ』となる感覚があって。本人じゃないことは分かっているのに、その学生さんととても雰囲気が似ていて、勝手に胸が熱くなりました。嬉しかったな、どんな時もさりげなくしてくれる会釈が。格好いい社会人になっているかな。

まだ、大学1年の最初の頃、父が実家にいて、名古屋駅で同じ支店の女性の方達とカフェをしているところに、私が通り過ぎ、呼び止められたことがありました。「娘さん?一緒にお茶しましょ。」と皆さんに言われ、なんとなく輪の中へ。肩書で呼ばれ、父を慕ってくれているその雰囲気が心地よく、一緒に和みました。色々と質問攻めに合い、専攻している学部を聞かれたので、文学部ですと答えると、誰もが納得。「やっぱり親子ですね。お父さんもいつも文庫を持ち歩いているんですよ。文学少女なんですね!そういえば、笑った顔もそっくり。」そんな話で盛り上がられてしまい、父がどこかで嬉しそうで、銀行の外で砕けている意外な素顔を見たことに、嬉しさと驚きを感じました。他人の空似どころか、親子だもんね。やっぱりどこかで似ているよね。家の中では色々あっても、外では頑張ってしまう所も。自慢の娘だと思ってくれているのなら、今日はもっといい服を着てくれば良かったよ。

色々あった大学時代。そんな終わり頃だったかな。マブダチK君がふと電話で伝えてくれました。「お前の家族さ、真っ白なお前の心をぐちゃぐちゃに殴り書きをしていったんだと思ってる。てめえらが汚したんなら、てめえらで消せよって、ずっとそう思ってた。でも、それをSが全部自分の手で消したんだよ。そんな姿を見ていることが本当に辛かった。お前、全然自分に余裕が無くても誰か友達が助けを求めたら、助けるだろ。コイツ、馬鹿かって最初は思ったんだよ。でも、ずっと一緒にいて、それがSなんだなって思った。だからせめて、消す手伝いぐらいさせてくれないか。お前には幸せになってもらいたいと思ってる。でも、お前は多分この先もずっと悩み続けるぞ。それでいいんじゃないか。常に何かを考えて、常に苦しむかもしれないけど、そういう思いをするから、人に優しくなれるんだろ。辛い思いをした人にしか見せられない優しさもあると思う。だから、お前のそばにはいつも誰かがいるよ。そうやって生きていくんだと思う。そのまま、悩み続けろ。それがいかにもお前らしい。生まれ変わっても、俺が見つけてやるから安心しろ。」

何も言えなかった。ただただ嬉しかったから。自分のことを、丸ごと肯定してくれたから。長所か短所かよく分からないことまで、人から見たらただのお人よしだと笑われそうなことまで、常に悩んでいることが人を想う気持ちに変わっているから。そういう姿を見ている人は見ているからと。
そんな彼は、元ヤクルトスワローズの高津臣吾投手に似ている。クールに見せかけて、人がいいところまで。抑えるところは、しっかり抑える、崩れそうな時に受け止めてくれた大切なリリーフ。