息子から移ったインフルエンザもほぼ完治し、家の中でずっと二人で桃鉄をやっていたここ最近、珍しく雪が積もる程降ったので伝えてきました。「今日はお休みだし、ママと雪合戦したい!」「お互いにぶり返しちゃうよ。」「え~。こんな機会なかなかないんだよ。」「じゃあ、短時間だけね。」そう話し、完全防備をして近くの公園へ行くことに。すると、カチカチに丸めた雪をぶつけてくるので日頃の恨みか?!と笑いながら投げ返し、その後一緒に雪だるまを作り始めました。すると、楽しくなってしまい、黙々と没頭するので息子に笑われて。「すぐに帰ろうとか言われるかと思ったら、ママが夢中になって作っているからちょっと笑える!」「雪もやんだし、思った程寒くなかったんだよ。せっかくだからくまだるまにしよう。」そう言って耳を付けると彼も歓喜。ボク達だけの雪だるまだね!とわいわい。人と変わっていていい、どれだけ個性が出せるか、それを面白いと言ってくれる人に出会えたら世界の見え方が変わるかもしれないね。そんなメッセージを心の中で届け、くまだるまは完成しました。そうしたら、岐阜にいた小学生の頃を思い出し、胸が詰まって。雪の白さと肌触りが記憶を手繰り寄せていく。ぎゅっぎゅっという音と共に。
小学2年生の2月、愛知にいた父の転勤が急に決まり、祖母の状態が思わしくなかったこともあり、単身で岐阜の支店へ。その翌月、祖母は他界しました。気持ちの整理がまだつかないまま、3年生の夏休みに私達女3人も岐阜へ引っ越すことになり、祖父は仕事もあったので実家を守ってくれることに。慣れない岐阜での生活、転校生ってこういう大変さがあるのかとどこか自分のことを客観視しながら時は過ぎ、それでも友達はでき、またお別れの時がやってきました。何かひとつ気持ちの整理がついた時にはもう別の何かがやってきて、そんなことの繰り返しなんだなと。お別れ会を開いてもらい、みんなとバイバイ。そんな頃、雪がちらつき、大して積もらなかったのだけど最後に仲の良かった双子の友達と小さな雪だるまを一緒に作りました。できるだけ溶けないようにと日陰を選んで。もうなかなか会えなくなる、それはお互いに分かっていて、だから言葉数は少なく黙々と作りました。そして、また遊ぼうと約束し、住所を交換することに。その後、引っ越しは終わり、名古屋の自宅には一通の手紙が。双子の友達からでした。『Sちゃんと一緒に作った雪だるまがもうほとんど溶けてしまったよ。でもほんの少しだけ残ってる。また一緒に作れたらいいね。』彼女達は私との思い出を、雪だるまのように消えてしまうことを寂しがってくれているようで、胸がいっぱいでした。表現が、なんだか幻想的で。その後、歯の矯正がまだ残っていた私は、母に交通費をもらい、一人でJRに乗って中津川駅まで向かうことに。感激の再会でした。転校生でいた頃は毎日がいっぱいいっぱいで、景色を楽しんでいる余裕なんてどこにもなかったのに、離れてからもう一度向かった時、こんなにも緑に囲まれた場所にいたんだなと全てが懐かしく、心に風がふわっと吹き抜けていくようでした。それから、中学生になり、『素顔のままで』という安田成美さん、中森明菜さん主演、北川悦吏子さん脚本のドラマを見て感動。司書役の安田成美さんがきれいで、司書という仕事に憧れを抱きました。その後、少し遠回りをして司書資格を取り、大学図書館で勤務を始めた頃、北川悦吏子さんの本をよく読むように。透き通った世界に連れて行ってもらえるような、不思議な感覚がありました。それから数十年経ち、改めて思い出してみたら、ああ!と何かが繋がって。司書として働いていた頃、女性の上司が面白いことを言っていたことがありました。書誌作成をする時、著者のプロフィールや写真を私達は見たりするから、お見合いのようね、まああまりにも一方的だけど。そう話すと、みんなは頷きながら笑っていて。私も、職業柄、プライベートで本を読む時必ずと言っていい程、その方がどこの出身なのかなど分かる情報を得た上で読んでいたのだけど、今になって思い出して。尊敬するラブストーリーの神様、脚本家の北川悦吏子さんは岐阜県出身でした。緑に囲まれた中で育ち、その空気を吸っていろんなことを感じていらっしゃったのかもしれないなと。左利きを右利きに矯正され、頭の中が混乱の極みにいた幼少時代、言葉が思うように出てこず苦戦しました。それでも、人の心の動きや言葉は私の中にどんどん蓄積され、タンクはいつも満タン状態に。相手に敢えて伝えない言葉もある、でも表情が語ってくれる想いもある、ほんの少しの声色で感じられるものがある。本当は泣いているのに一生懸命絞り出そうとする気持ちもある、そんな人の奥ゆかしさをどう表現したら伝えられるだろう、いつも考えながらここにいます。溢れ出した時が何よりのキラキラなのかも。
もう一度名古屋から中津川の電車を調べてみました。JR中央本線、1時間半弱の快速に乗らず、わざと普通電車に乗り、ゆっくりとした電車の旅を一人で楽しんでいた小学生の自分がいました。名古屋駅を出て少し経つと、父がまだ最初の頃に勤務していた支店の駅に到着。母に出会う前の場所だろうか。もう少し行くと愛知と岐阜の県境、そしてよく行くと言っていた接待ゴルフ場はこの辺りか?そんなことを思っていると中津川駅、終点に到着。岐阜の小学校の自由研究で、全部の駅を書いて横長の絵巻物みたいにして提出したことがありました。理科というより社会科で、それでも勉強になるなと男の先生は笑って掲示してくれて。名古屋って遠いようで、一本で行けるんだね!そう言ってみんなが興味を示してくれました。名古屋には祖父がいて、中津川には父がいた。単身赴任中にその往復をして、いろんな気持ちにもなった。もっとみんなが仲良くなれたらいいのに、通じ合えないことが多くて難しいねって。でも一本で繋がっていたんだよ、駅名を辿りながら改めていろんなことを思いました。一人で行って戻ってきた私を名古屋駅で待ってくれていた祖父、「おーい!」手を挙げ嬉しそうに迎えてくれたその表情を思い出した。「おじいちゃん、栗きんとん買ってきたよ!」私はもしかしたら、ずっと前から桃鉄のような旅を始めていたのかもしれないな。目的地に着いたらすぐ次の目的地へ。でもいつかゆっくり中津川へ向かうことにしようか。そこでまた何を、誰を思うのだろう。