本当の自由

ずっと応援しているラグビーリーグワン、リコーブラックラムズ東京のプレーオフ進出が決まりました。息子と喜び、プログラマーのMさんは秩父宮まで応援へ行くことに。結果は、東京サントリーサンゴリアスに35対40で惜敗。それでも、ナイスゲームだった興奮と熱狂がMさんを通じ伝わってきて嬉しくなりました。勝っても負けても、ノーサイドになると相手チームを称えるスタジアムの空気が流れ込んできて。選手達が頭の上で手を叩く、そんな姿を思い出し、また来年も同じ気持ちで応援したいと思いました。リーグ戦5位で終えたラムズ、一緒に戦わせてくれて沢山の感動をありがとう。

息子のテスト勉強に追われているここ最近、お風呂から上がると伝えてきました。「おばあちゃんが、ボクの帰宅を途中の道で待っていたようなんだけど、会えなかったから玄関前に荷物を置いておくってメッセージがきたよ。」そう言われたので、慌てて取りに行くとドアが開かないと二人で焦ってしまって。それでもなんとか脱出し、3袋を自宅の中へ。ひとつ息を吐き、中身を覗いてみると、お掃除道具とお菓子とマグカップなどでした。手紙を発見しさらっと読むことに。『母は使いませんので使って頂けるなら、助かります。幸せになります。一人で、頑張って、掃除に、一人で、頑張って、生きてみたいと思います。』その文面を読み、洗面所に行ってそっと泣きました。本当にもういろんな想いがこみ上げて。母のパーソナリティ障害の可能性に気づいた姉は、30代半ばだった私に、全力で逃げなさいと伝えてきました。物心ついた時から、ずっと翻弄されてきた妹が危ないと本気で思ったネネちゃんは電話で言ってくれて。「今まで本当によくやったよ。もう自由になっていいんだよ。」そう言われた時、涙が溢れ出ました。自由か、そんな世界、あったんだなと。「Sちんは強すぎたの。だからお母さんから何を言われても耐えようとした。でもね、本当は沢山傷ついているんだよ。」なんだかもういろんなことを一気に言われ、混乱とどこかで腑に落ちるような感覚もあり、ゆっくりと電話を切りました。呆然としたくても、まだ幼い息子の育児に休みはなく、私のメンタルがぐらつけばそのまま子供に伝わってしまうことは分かっていたので、落ち着いて考えることに。今何が必要?心の休息?それも大切だけど、自分が置かれていた状況をかみ砕いて理解すること、自身を知ること、相手を知ること、パーソナリティ障害の知識が必要だ、そう思いました。辛くなったら閉じればいい、そう思って検索をかけることに。間違った情報も混ざっている、それを見分けるのも得意だよね、今自分の力を信じてあげなくてどうする?弱りながらも残っているエネルギーを集め、調べているとひとつの記事に当たりました。その方もまた苦しい思いを同じようにされてきた人で、道端に咲く花を愛でることさえできない程あなたも必死だったのではないかと書かれた文章に、涙がこぼれました。その時の私が救われたのは、専門家の方の言葉ではなく、似たような思いをされ、胸の内を言葉にしてくれた人の勇気でした。そんな頃、プログラマーのMさんが声をかけてくれて。「Sちゃんにしか書けないものがある。僕が助けられたように、あなたの言葉を必要としている人がいるよ。」天井の高いカフェで言われ、その気持ちを大事に受け取り、今に至っています。

今回、母からの手紙を受け取り、いろんなことを感じました。もしかしたら、姉の助言があったのではないかと。Sはシングルママとして一人で葛藤している、それなのに掃除をしてほしいとかちゃんちゃらおかしな話だと、緩い変化球で伝えてくれた可能性。そしてもうひとつは、両親に送った最後のグループLINEを母は何度も何度も読んで、自分の足で立ち上がろうとしてくれたのではないかと。少しでも寄りかかれそうだと思ったら、どっと乗っかりこちらの負担は全く考えなかった母、それでもここ最近は少し変化が見られていました。Sのその意図はなんだろうと、別の視点が持てるようになっていた、だから今回の手紙もこちらを責めるような発言はありませんでした。母が抱える孤独、それは文面から十分過ぎるぐらい伝わるので、切なくもなるし歩み寄りたくもなるのだけど、それでは彼女の本当の自立をやっぱり邪魔してしまいそうなので、そっと応援しようと思います。10か0か。間を取って3というのは、母との関係では本気で難しかった、それでも決して嫌いになった訳ではないということ、それが伝わるといいなと願っています。メッセンジャーは、息子に託そうか。想いを届けてほしい、目に見えないけどあたたかさの集合体。ぎっくり腰になったのは、両親宅へ掃除に行けないという理由を作る為のものだったのかと、妙に納得してしまいました。心が苦しくなる前に、体が先に反応したのかもしれないな。
祖父が他界した後に、家族会議で伝えました。「お父さんはやけくそになって出て行った側だから、残された私達がご近所の噂になって何を言われていたかなんて考えもしなかったと思う。お父さんの車が無くなったことに気づいたご年配の男性が、縁側に来ておじいちゃんに言ったの。あんたの婿、出て行ったらしいなって。あの時のおじいちゃんの背中は、今までで一番小さく見えた。あの負けん気が強かったおじいちゃんが、何も言い返さなかったの。見ていてとても辛かった。それ以降、毎年楽しみにしていた老人会の旅行も行かなくなった。お父さんも銀行で大変だったのは分かる。でもね、人の世界を奪っておいて、自分が弱ったから戻りたいとかそんなことは絶対にあり得ないと思って、おじいちゃんから相談を受けた時に、断ってと伝えたの。おじいちゃん、嫌な思いをしてもお父さんのこと批判しなかったよ。私はどれだけ傷ついてもいい。そんなことは子供の頃から慣れてる。でも、人の想いを大切にしない人は絶対に許さない。まだ時間はあるよ。あなた達の娘で良かったって最後ぐらい思わせてよ。」祖父と交わした数々の会話、見てきた背中を思い出し、3時間では語り尽くせないものを驚く程冷静に伝えました。怒り、悲しみ、感謝、託された気持ち、いろんなものがゆっくり溢れ出た、まるで天国と繋がっているかのような不思議な時間でした。Sちゃん、ありがとう。祖父の声が聞こえたような気がして、そっと微笑みました。自由ってなんだろう、何を、どういった状態をさすのだろう。これは永遠のテーマでもあって。また神宮で、秩父宮で、テレビの前で推しのチームを本気で応援しようか。明るいマインドがもう、その一歩なのかもしれない。