新宿の主治医の所へ行った少し前、そういえば先生が伝えてくれたなと改めて思い出しました。「前回はぎっくり腰になっちゃっていたんだよね。でもそれは、掃除機を頑張ってかけていたからだよぉ。」と。どこまでも優しくて、ほんわかしました。電子カルテを見て、原因を思い出した先生は、前向きな言葉をかけて励ましてくれて。何を伝えても、受け止め、プラスの方向へと導こうとする、その大きさにもう10年近く助けられているのだと嬉しくなりました。出会った時から、益々心が丸くなっていく医師、沢山転がり揉まれ、傷が付き、それでもスタンスは何も変わらない先生が目の前にいて。「若い頃は、もう少し尖っていたんだよ。年と共に段々丸くはなっていったけど。」そう言って笑ってくれた日もあって。先生、どの年であっても素敵ですよ、少なくとも支えられた9年を私は知っています。診察室のドアを閉める度、室内なのに少し空が見えるような感覚になる、そんな医師にどんなお礼ができるだろうか。
サッカーワールドカップのチュニジア戦、日曜日の昼がキックオフだったので、息子とテスト勉強をしながら観ていました。前回大会からもう4年かと感慨深くて。小学4年生の時、深夜にサッカーを観て二人で熱狂し、息子は睡眠不足で学校へ行くことになり、家に帰ると荒れてしまったので、その反省を活かして観られる試合だけをと思っていました。今度は、中学2年の時だね、また応援しよう!と言って寝た日が懐かしい。そして、日本のゴールラッシュで4対0の快勝。2ゴールを決めてくれた上田綺世選手がインタビューで、『4年前、自分が悔しい思いをして、そこから積み上げてきたものが、つながったと思います。』と話をされ、ぐっときました。4年間という月日、どれだけの気持ちの中で日々自分と戦っていたのだろうと。サムライブルーが揺れるスタジアムの光景を見て、私もめげてなんていられないなと思いました。森保監督の国歌斉唱の涙にも、一体どれだけのものが、想いが詰まっているのだろう。何度拝見しても尊い。
うちの両親に足りないものって何なんだろうなと、あれこれ考えていたのだけど、やっぱり敬意や感謝なのかなと。父が銀行内で苦しい思いをして、実家を出て行った後、母方のひいおばあちゃんが他界し、葬儀がありました。混乱の中、法律上はまだ夫婦だった父は、母と列席することに。私は祖父の介護があったので、自宅から手を合わせることにしました。自分がその場にいなくてあの二人は大丈夫だろうかと不安に思っていると、案の定事件は起きて。火葬場に向かうバスの車内、みんながご夫婦などで座っているので、母も隣を空けて座って待っていたら、父は露骨に怒りの表情を向け、知らん顔で後ろの席へ。その様子を見た親戚一同が、夫婦の異変に気付きました。その後も、父はやけくそになっていたので、親戚に嫌な態度を取ったんだとか。帰宅した母が、大泣きしながら話してくれました。そんな態度を取るなら、仕事を理由に欠席してくれた方がよかったね、お母さん辛かったねと慰めた時間。父がなりふり構わなくなると、こういう展開になる、それは一度や二度ではありませんでした。その後、実家での法事で、親戚は母を慰め、また大泣きする彼女を少し引いた目で見ていました。それから、母と祖父にごめんなさいと思いながら、最後の勇気を振り絞って数年後に私も家を出ることに。関東で働き始めていた時、祖母の弟である、可愛がってくれていたおじさんの訃報を知りました。昼休みに、父に電話を入れ、通夜か葬儀、どちらかに列席できたらと少し迷っているとひと言。「お世話になっただろ。」父の言葉は深く、なんだか胸に沁みいって迷いはなくなりました。通夜に間に合うように職場には伝えるから、名古屋で会おうと。そして、おじさんに対面するといろんな想いがこみ上げ、泣けてくると、長男の方が「よく来てくれたね」と声をかけてくれて、また溢れそうでした。そうやって、親族に挨拶をしていたホールで、祖母の一番上のお姉さんが父に気付き、声をかけてくれて。「○○ちゃん、会いたかったわ。」そう言って、そっと父の腕に触れ、父は言葉にならない感情がこみ上げ、微笑みながらただうんうんと頷くだけで精一杯。なんてあたたかい時間なのだろうと、見ていて優しい気持ちになりました。おばさんは、バスの一件を忘れたふりしてくれているのか、本当に忘れているのか、姪っ子を傷つけたのは事実だけど、でもまた会えると思っていなかったから会えて嬉しいわ。そんな気持ちで目を潤ませながら父に伝えてくれるので、人のあたたかさってこういうところに出るのかなと胸がいっぱいでした。すると、話し終えた父は、私の目の前を通過し、そっとハンカチで涙を拭い、トイレに入っていく姿が見えて。母に対して怒りも憎しみもあって、だからこそ親戚の前でひどい態度を取った、でもそれさえ包もうとする器を感じ、父の中で溢れたんだろうなと。その背中を見て、私もこれまで頑張ってきてよかったと思いました。父の中に、清らかな水があった。本当にもうだめだめだし、今もそうだし、絶対にその時の気持ち忘れるなよ!と思っているのだけど、そこをめがけてこちらが本気でぶつかれば、またその泉に到達するだろうと。それは、母も同じ。負の感情で覆われてしまっているところもあるのだけど、芯の部分は黒くないのではないかと思っています。でも、それを守るのはもう私の役目ではない、二人が考えること。
「お父さんね、葬儀の時○○おばさんに、会いたかったわって半泣きで伝えられた後、涙を拭きながらトイレに入っていったの。お母さんもまだまだいろんな感情があるのは分かる。でもね、お父さんのそういうところは信じてあげてもいいと思うよ。」少し経った頃、その話をすると母もまた涙を溜めてやや驚き頷いてくれました。人と人って難しいね。でも、もう一度信じてみようって思える気持ちって関係を成長させてくれたりもするのかな。あなた達の娘でよかった、期待半分で、いつの日か彼らに伝えられたら上出来。