今年もあっという間の一年、みなさんがそれぞれのタイミングでこの場所に訪れ、同じ時を共有させて頂けたこと、本当に嬉しく思っています。読んでくださる方お一人お一人に人生があり、その分だけ悩みや喜びもあり、そのことを感じながらこうして年の最後にここにいさせてもらえることにありがとうと伝えたいです。自分が日々思うこと、それは表面上のことではなく、もっと心の奥底にある気持ちを重くならないように伝えるにはどうしたらいいか、ずっと試行錯誤してきました。そんな中で、自分の大切な方へ届けてくださる方達がいて、このサイトはゆっくりゆっくり成長していきました。それは当初、プログラマーのMさんとそうなってもらえたらいいと願って勇気を出して送り出した時の想い、そのままでした。蒔いた種が、各地で小さく芽を出してくれました。そんなみなさんの毎日があたたかいものになりますように、そういった願いを込めて年内最後の記事を贈ります。
11月、姉の誕生日だったのでお祝いメッセージを送ると返事はありませんでした。もしかしたらバースデイブルーかと思い、とりあえずそっとしておくことに。私なんて生まれてこなければ良かった、ネネちゃんがお誕生日になると時々そんな気持ちになることを知っていました。だからこそ、心配をしていた中でひょっこり連絡が入って。『試合中に読んでお礼LINEをしていないことに月末気づくという…無礼をお許しください。近いうちに会えたら嬉しいです。Sちんの予定良かったら教えてね。』取り越し苦労とはこのことを言うんだなと、その内容を読んで笑ってしまって。甥っ子の野球中に読んでくれていたのね。ネネちゃんの誕生日が、苦しいものでないなら良かった。そんな日常の中、なぜか祖父のお見送りの時間がとても自然な形で思い起こされました。火葬場で、本当にもう最後に閉じる前、母がさりげなく、おじいちゃんが大事にしていた本を棺に入れて。なかなか粋なことをしてくれるなと、本当にもうなりふり構わず当たり散らかしてくるので葬儀中も大変だったのだけど、母のそういった一面が大好きでした。そして、何年も経って、一瞬図書館の本じゃないよね?!とバーコードや背表紙にラベルが貼っていないことを確認した自分を思い出し、ちょっと吹き出しそうになって。最後の最後、悲しみの場面、そんな時にほんの数秒だけ職業病が出ていたんだなと。それには理由がありました。元々本が好きだったおじいちゃん。趣味である囲碁の本や、戦争の本を時々買って、メガネをかけ真剣に読み、たまにその感想を伝えてくれました。そして、司書講習の中で生涯学習という言葉に考えさせられ、祖父に提案。「おじいちゃんさ、わざわざ本を買ってこなくても、街の図書館に行けば本が借りられるよ。期限までに返さないといけないけど、図書館って分類ごとに本が並んでいるから、戦争関連の書籍は固めて並んでいるはず。もし分からなければ、カウンターで司書の方が教えてくれるから一度行ってみたら?」と話すと、車に乗って喜んで行ってくれました。「Sちゃんが教えてくれたから、いろんな本に出会うことができた。こんなに戦争の本ってあるんだな。」そう言って、関連書籍を全部読み尽くした祖父。そして、時々大学教授が開く講演会にも行き、ビデオでは何度も同じ映像を見ていたその背中はちょっと寂しそうにも見えて。何十年も時が経ち、おじいちゃんは自分が体験した戦争を、いろんな視点で捉えようとしていたのではないかと思いました。沢山の見解がある、それを否定することなく、自分の中に一旦入れ、整理し、時に孫の私に伝えてくれました。「いろんな議論があるのはいいことだ。こうやって忘れないことが大切だ。ただ、もう戦争はやっちゃいかん。」行間から滲み出る戦友への想い、柔軟であり曲げない精神、きっと私はそばで沢山のものを受け取っていたのだと思います。
そんな祖父に会いに帰省すると、介護用ベッドのそばには図書館で借りてきた本と、元々持っていた本が混在して積まれていたので、間違って自分のものまで返却するといけないからと仕分けたことが何度もありました。「1冊や2冊だけ返却する場合、カウンターで間違いにすぐ気が付くけど、急いでいたりして5冊を置いて帰ったりすると、ちょうど真ん中にご本人の本とか混ざっていたりするの。だから気を付けてね!」陽当たりのいい応接間の応接セットは全て処分し、祖父の部屋になった一角で、そんな話をした日。母が棺にそっと入れた本が、まさか図書館で返し忘れた1冊じゃないよねと思わず確認したのは、母もまた天然だったから。祖父の戦争体験は、母に対する厳しさとなり、その影響は私にも向けられました。それでも、おじいちゃんがあの世でも本が読めるようにとたったひとつ持たせたものは、何より母の愛であり、感謝だったのではないかと思っています。沢山いがみ合った、その最後に出た「お父さん、ありがとう」の母の言葉こそ本物、これがその人の本質であり、生も死も実はずっと繋がっているのかななんて、ふとそんなことを思った年の瀬の午後。
このサイトは、どこが終わりか分かりません。書き始めたその時から、ずっと心の中で旅を続けています。もしかしたらもっともっと前から。読んでくださるみなさんに支えられ、励まされ、共に笑い、『さくらdeカフェ』は続いています。それでは、今年も盛大にいきますよ!ビールとカクテルとワインとファンタオレンジと紅茶とノンカフェインのコーヒーとヤクルト1000を持って、かんぱ~い!!一年間、本当に沢山の苦難の中でお疲れさまでした!!自分の為に、今日は沢山ご褒美してください。嬉しかった出来事と、痛みも持って、また前へ。その気持ちが、翌年も力に変わると願い、今年を締めくくろうと思います。よ~おっ!パン!!!
良いお年をお迎えください。来年は、二日から~。