伝わることを願って

ごくたまにだけ通うようになった新しいシェアオフィス、すると前回と同じ場所で黙々と勉強をしている女性を目にしました。彼女も目の前が壁なので後姿しか見えなかったものの、ちらっと見えた花柄の水筒が以前と同じで、分厚い参考書もそのままだったので同一の方だとすぐに分かって。図書館は小さい時からヘビーユーザー、その空間に助けられ、恩返しがしたくて司書になりました。そこで沁みついたものはとても深く、自分の中に残ってくれていて。試験勉強頑張ってくださいね、その努力が報われる日を祈っています。背後を通過する時、そっと心の中で届けました。そして、私も少しエネルギーを分けてもらえたようで。開き直って、常備されているインスタントのお味噌汁を飲み始めたここ最近。彼女の集中力を、味噌汁臭で削いでしまわないことを願うばかり。図書館をふと思い出させてくれるシェアオフィス、やっぱりいいね!人の力がそっと集まる場所。

そういえば、最近行った漢方内科で今までにはない展開が待っていたことを思い出しました。主治医が強い漢方だと副作用が出てしまう私の体質を思い、相当悩んでかなりマニアックな薬を処方し、助けられていた数か月前。そんな中、婦人科の先生がこれまた頭を捻って合うと願って出してくれた漢方がいい具合に巡ってくれて、ゆっくり上がってきたここ最近。そして、主治医に併用しても大丈夫な組み合わせだから、もしまた必要だったら伝えてねと言われていたので、今回の診察でお願いすると意外な返事が待っていました。「実はね、その漢方、元々あまり使われないもので、出荷停止になってしまったみたいなんだよ。」え~!!ととりあえず驚いてみたのも束の間、このピンチを婦人科の先生が先に助けてくれていたのかと妙に納得。綱渡りでここまで何とかやってこられたんだよね、沢山の方のサポートがあったからこそ。「先生、婦人科系の漢方が今効いているので、あとはうまいことやっていきます。だから大丈夫です。」と伝えると、安堵と共にこれまで越えてきたいくつもの困難を辿ってくれているようでした。患者さんが元気になりたいたいと願うその力を押し上げるのが僕の仕事、その気持ちと重なりプラスの方向へ動き出した空間。先生、どんな時も私の視点を外さないでいてくれてありがとう。そんなこんなで、去年の秋からいろんなことがあり、ゆっくり気持ちの整理をしていこうと思った時、改めて気づいたことがあって。ネネちゃんに話していないこと、きっとまだまだ沢山あるなと。話してもいいこと、話さない方がいいこと、話してもいいタイミングを待った方がいいこと。姉の心が解れ、あたたかいものが流れ込んでくる、その時を待ちたいと思っています。

時は私が大学生の時、ネネちゃんはすでに大阪に就職、2年の秋に父は家を出て、その前後は大混乱でした。母と祖父の精神的な状態は悪くなり、途方に暮れてもいられないような日々がそこにはあって。それでも、3人で仲良くやっていこうよと慰め続けると、ゆっくり2人は顔を上げていきました。そんな私を、裏側で支えてくれた人達はもう本当に数知れず。そういった中、祖父と二人で夕飯を食べていると私に八つ当たりすることもなくなって、伝えてきました。「Sちゃん、お父さんの住んでいる場所知っているか?お父さん、元気でやってるか?ご飯は大丈夫なのか?おじいちゃんが悪かったって頭を下げているから、戻ってきてくれないかってお父さんに伝えてくれないか?」プライドが高く、それこそ一家の家長で、父が荷物をまとめて出て行った時は、こんなに世話になっておいて挨拶もなしに出て行くとはどういうことだと私に怒鳴りました。そのおじいちゃんが、こんなに小さくなって肩を丸めて私を通し謝る姿を見て、驚きやいろんな気持ちがこみ上げてきて。まともに口も利かなかったけど、やっぱりおじいちゃん寂しかったんだなと。お父さんちに行ったら、若い彼女に遭遇して、また傷つきたくないんだよなと思いつつ、おじいちゃんの頼みなら行くしかないなと伝言を約束。そして、母には内緒で父とアポを取り、間違っても彼女がいない時にしてねと祈りつつ、父のマンションへ行きました。いつも二人の間で流れる緩やかな時間、その中で伝えることに。「おじいちゃんから言われたの。自分が悪かったから、お父さんに戻ってきてくれないかって。」すると、父もまた私が受けた衝撃と同じようにとても驚いた中で伝えてきました。「一人暮らしを経験してみたかった。一人で料理を作ったりしたかったんだよ。だから謝ってもらうことはないって伝えておいて。」と。何かそこには祖父を傷つけない様に言葉をどこかで選んでいるような父の気遣いも感じられ、張り詰めていたものが少し和らいだような表情もしていて、男性二人にしか分からない沢山の葛藤もあって、でも何とも言えない優しさの交換もあり、じわっと泣きそうになりました。色々あったね、でもだからこそ届け合えた気持ちだったのかなと。祖父に改めてその話をこっそりすると、そうかと呟きました。下を向いてしまいそうだったけど、おじいちゃんなりに理解しようと父の目線になってくれようとしていて。父と祖父の間に確かに流れた湧き水、その清らかさと優しさを知っています。でもそれは、男二人の秘密で、誰にも知られたくないことだったのかなとどこかで思っていたのだけど、父ががんになった今、ネネちゃんにはいつか伝えようと思って。父が、うちの姓を名乗り続けまた戻ってきたこと、老後の不安もあってのことだったかもしれない、でもそれだけじゃなくておじいちゃんのそんな気持ち、どこかで胸に抱いていたからじゃないかなって。とてもあたたかいキャッチボールだったよ、二人の球を受け取ったから分かるんだ。

「ママ、今年のクラブね、陸上にしたの!」「それは嬉しい!自分との戦いだから、Rは向いていると思うよ。」「うん。今日ね、800m走もやったんだ~。陸上の先生ね、走って学校に来てるんだって。ママとサイクリングした時、走りながら挨拶してくれた先生だよ。」あ~!!と二人で大盛り上がり。DNAってすごいなと時々思う。他の誰かに負けてもいいけど、自分には負けたくないなと思った。だから走り続けた。でも、心身ともに動けない時がやってきて立ち止まった。ああ、たまには自分に負けてもいいんだなと。そんな私を知ってか知らずか、息子は元気に育ってくれていて。自分を取り囲む全てのことへ、ありがとう。新緑の空気を吸ってまた走り出せる。