シェアオフィスで、お片づけをして帰ろうと思っていた時、声をかけられたのはITエンジニアの彼でした。「○○さんに、移動したオフィスを見てもらいたくて。良かったら覗いていって。」共用ワークスペースだけでなく、個々にオフィスも併設されているので、そこに移った彼は嬉しそうに誘ってくれました。元々お客様だったオフィスの一角に仕事用のスペースを作らせてもらったよう。入ると、明るい陽射しの中で、大きなディスプレイが二つ並び、本棚も設置してあり、気持ちのいい空間に案内され、嬉しくなってしまいました。「素敵なお部屋ですね!いいな~。」と本音を漏らすと、満面の笑みで喜んでくれました。彼がずっと苦労してきたこと、知っていました。理不尽な思いをいつも抱え、思うように仕事ができず、苦戦を強いられていることを聞いていたので、本当に嬉しくて。あなたがこれまで話を聞いてくれたからここまで来られたよ、そんな気持ちを込めて誘ってくれたことが感じられ、泣きそうになりました。そして、彼のお客様も奥から登場し三人で談笑。あまり長居してもいけないと思い、一緒にオフィスを出て彼と別れる時に伝えました。「すごく嬉しかったです。これからも応援しています。」「おかげさまで忙しくて。頑張ります。」そう言って拳を上げてくれた時、越えてくれたのだと思いました。人が大きな山を越えた後って、どうしてこんなに気持ちよく笑ってくれるのだろう。山のてっぺんにゴミ置き場があって、置いてきてくれるからかな。そんな姿にこちらの方が元気をもらっている、いつもそんなことの積み重ね。
月に一度の婦人科。睡眠導入剤は、眠れるようになったら飲まなくていいからね~と前回の診察の時に言われていたので、毎晩飲まないと睡眠が取れなかった現状をどう話そうか、もしかしたら少し怒られるのではないかと、ドキドキしながら待合室で待っていました。2時間経っても眠れなかったので結局頼ってしまったというのは、言い訳に聞こえてしまうかな。でも、飲んでも何度も起きてしまう日があるんだよといじけながら、呼ばれたので先生の前へ。「最近調子どう?」「相変わらず睡眠が取れないので、導入剤に助けられているんです・・・。」と正直に伝えると、とっても穏和に言ってくれました。「何か心配事でもあるの?」と。「そういうのではないのですが、薬を飲み始めてからどうもうまく眠れなくて。」「そうか。眠れないのは辛いよね。寝る前の習慣も変えてみようか。パソコンもスマホも止めてみるとか。」「はい。寝る直前に触らないようにして、本を読むようにしているんです。」「それも、思考が巡っているのかもしれないから止めてみよう。」もう瞑想するしかないなと思いながら素直に頷きました。そして、次回の診察予定日は、息子の参観日と重なりそうだったので、さらに1週間先をお願いすると伝えてくれました。「5週間目でもこちらはいいんだよ。でも、導入剤は30日までしか出せないから、そうするとあなたが辛いよね。」ダンディな声で思いがけない優しい言葉をかけてもらい、ぐっときました。たった5日ぐらいなんとでもなるよね、ではなく、その5日間があなたにとっては苦しい期間なのが分かるから、4週目に来られるならおいで。こんな気持ちが、かさかさになりそうな心に水を注いでくれるんだなと感激してしまいました。「本当にありがとうございます。」と微笑みながら感極まりそうになっていると、看護士さんと二人で微笑んでくれました。この先生に執刀してもらって本当に良かった。
春休みの桜。母と息子と三人で小田原城までお花見に行ってきた時のこと。朝から下腹部が痛く、正直に話すと、二人とも理解し、気遣ってくれたことにほっとしました。写真の大好きな母が、小田原城と桜をバックに、私とのツーショットが撮りたいからと息子にスマホの説明を始め、撮ってくれたはいいのですが、砂利が半分を占めてしまい皆で大笑い。それを見ていた一人の若い男性が半笑いしながら寄ってきて、「撮りましょうか?」と言ってくださり驚きました。数か月前におばあちゃん達の写真を撮りましょうか?とお手伝いした時のことが、このような形で返ってきたような気がして、堪らない気持ちになりました。喜んでお願いし、三人でビッグスマイル。母が確認するまでずっとそばにいてくれて、みんなでお礼を言った後、彼女のそばに帰っていき、春風と共にふわっとした時間が流れました。こんな一瞬の交わりが温かいんだな。だから残るし、その温かさをまたどこかで届けたくなる。
その後、疲れと下腹部の痛みがずっとあったものの父の誕生日だったので、最寄り駅に着くと、母に息子をお願いし、こっそりプレゼントを買いに行きました。母の誕生日と合同のプレゼントがいい。そう考え、思いついた一つのもの。それは、地元の地酒と、それを作るオリジナル商品のマークが付いたお猪口二つでした。ラッピングをしてもらい、息子に耳打ちし、孫から祖父母へプレゼント。それだけの思いをしたのに、なぜ両親を許すのだと何人の人達に言われたことか。なぜだろう、本当に悪かったと思っている人達を責めきれるだろうか。水に流そうよ、それは自分に言い聞かせた訳ではなく、自然とそうなって今に辿り着いてくれたような気がしました。
プレゼントにとても喜んでくれた二人。常温だったので別の日に飲んでくれるかと思いきや、その日にお猪口を使い、地酒を嗜んでくれる姿を見て、娘の気持ちも一緒に飲んでくれたような気がして、想いが届くことの喜びを感じました。冷えきった状態だった実家での暮らし。最後には父が私にも八つ当たりをし、父が勢いで閉めた扉に手を挟んでしまい、どれだけ痛かったことか。手よりも心の方がはるかに痛かった。そんな痛みを忘れることができるとしたら、今なのかも。ほろ酔いの二人を見て、ふと見たらにっこり笑顔の息子がいて、自分も越えられたのだと思いました。
お誕生日ケーキのろうそくの火が消えても、このひとときは消さないでいてね。父の引退は、何を思うだろう。