新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。今、しんねんという言葉をタイピングしたら信念が先に出てきました。こうありたい自分がいる、その気持ちを抱き続け今年もゆっくり歩いていけたらと思っています。去年、息子と見ていた大相撲の九州場所、11勝3敗で迎えた安青錦関は琴櫻関に勝ち、優勝決定戦へ。もう一度土俵に向かうその姿がとても落ち着いていて、心技体とはこういうことを言うのかと改めて考えさせられました。そして、豊昇龍関とぶつかり合い、優勝が決まり、息子と歓喜。応援していたので、本当に感無量でした。ウクライナ出身の安青錦関は、いつもいろんな気持ちを抱え、そして感謝と共に戦っているのだと。その青い瞳には、一体どれだけのものが見えているのだろうといろんな気持ちが巡った九州場所でした。深い青、澄んでいてとても尊い。
何かと忙しい年末に、健康診断へ行ってきました。乳がん検診は、2年に一度でもいいかなと思ってしまいそうな気持ちを立て直し、オプションできちんと受けることに。健診着を着て、タブレットを持ちながら色々な検査を受ける中で、ふと父のことを思いました。学歴が高卒だったことで、銀行の出世街道から外れてしまったある日。「大学さえ出ていたら、お父さんはもっと上に行って今頃は支店長になっていたのに。」と母はよく言っていたのだけど、私の中で小さな疑問が残っていました。本当に父はそれが幸せだったのかと。銀行時代の終盤は、実家にいた私にも当たり荒れた。口も利いてくれなくなり、ドアをわざと勢いよく閉めるものだから、こちらの手が挟まりかなり痛くて、ついでに心も痛かったのだけど、その痛みは本人のものでもあったんだろうなと。やり場のない気持ちがいつも父の心を支配していました。その後、一波乱あった後家を出て、久しぶりに会った表情は、まだかさついていたのだけど、怒りよりも悲しみが膨らんでいて。銀行にかけてきた思いが伝わり、胸が詰まりました。それでも金融関係から逃げ出さなかった、たった一度も。今私自身は46歳、その頃の父と同じぐらいの年齢になり、改めてその時の苦悩が流れ込んできました。苦しいけど全うする、父は決めていたのだろうと。誰の為に?自分自身とまだほんの少しでも信じてくれている家族の為に。そんなことを思っていたのではないか。その後、50歳で銀行の関連会社に出向になった表情は、驚く程穏やかなものでした。それは悔しさではなく、やり切ったからこそ得られたものだったのだろうと。給与は下がってしまったのだけど、肩書はついていて、結局銀行の時と似たような仕事内容で、緩やかに残りの15年は過ぎて行きました。支店長よりも、父にはその道が合っていたような気がして、人間臭さも泥臭さも込みで、いい時間だったのではないかと。人間万事塞翁が馬、そのことをそばで感じさせてもらった、それは本人の見えない努力もあったからこそ。緩やかで穏やかな15年という海、一緒に漂うことができた時を今でも大切にしています。
健診前、何人も乗り込んだエレベーターで、ボタンのそばにいた私が『開』を押し、他の方達に先に降りてもらった後、最後に降りると、一番後に降りた女性がお礼を言ってくれて、健診の列に並ぶ際こちらに譲ってくれました。お先にどうぞという気持ちでいたのだけど、エレベーターのボタンを押してくれた方が列の最後になるのは違うとその方は思ってくれたよう。そんな気持ちにありがとうと、そして私も見習いたいなと思いました。誰かの小さな行動が、実は誰かをさりげなく助け、そこで生まれた小さな社会がまた少し大きくなって誰かのハートを温めてくれたらいいなと。自分のことを好きになれない時もあるかもしれない、どうしようもなく落ち込んでしまう時もあるかもしれない、投げ出したくなる時もあるかもしれない、それでも、ここに来たらほんの少し笑えた、ほんの少し自分の本当の気持ちと向き合えた、選んだ道を少しだけ肯定してみようと思った、今を生きようと思った、そんなささやかなきっかけになってもらえたらと願い、今年も変わらずここでお待ちしています。絶賛反抗期中の息子が、あまりにもやりたい放題なので、「お母さんはRだけのものじゃない、見えないけど画面の向こう側には沢山の読者さん達が待ってくれているの!」と冷静にキレたことがありました。何も間違っちゃいない。そんなこんなで、ドタバタの中でも全てパワーに変換して、歩を進めようと思います。姉に一度聞いたことがありました。「関空で働いていた頃と外資系の会社で働いていた頃、どちらが充実していた?」と。すると、「外資系の時の方が評価してもらえたから、やりがいはそちらの方があった。」と答えてくれました。でもね私は、いろんな気持ちの中にいたのに、関空でスカーフを巻いてお客様に笑顔で接するネネちゃんの表情が好きだった。苦しさを奥に押し込め、蓋をしようとするのだけど、そこにもエネルギーが必要で、一人で泣いて、肌荒れをメイクで隠して、ナイススマイルでいたその姿に人の美しさと脆さと強さを感じていたから。その人そのものはきっと隠し切れずに自然と滲み出る、そんな気がしています。
2026年が、みなさんにとって光集まる年になりますように。どんな瞬間も、わくわくしようよ。