手術が終わり、点滴からの痛み止めが効き、個室で眠っていると誰かが入ってくる音が。それは、懐中電灯を持ったご年配の看護士さんでした。その姿に、また涙が溢れそうになり、術後の患者さんの不安定な容態を見守りながら、点滴をそっと取り換えに来てくれた看護士さんに、胸がいっぱいでした。こちらが起きたことに気づくと、水分を飲んでもいい時間になったので、4人部屋に置いてあるペットボトルを持ってきましょうかと声をかけてくれて。すっかり甘え、水を一口。美味しいな。この状態で体が受け付けてくれるのは水だけ。なんだか、その有難さを噛み締め、もっとお水を大事にしようなんてよく分からない反省まで出てきて、こっそり笑ってしまいました。「何かあったらすぐにナースコールで呼んでくださいね。」と管がいっぱい繋がった体で、すぐに押せるよう私の手に握りしめさせてくれて、何もかもが温かいその対応に安心感のお薬でひと眠り。そしてまた起き、腰が痛くなってきたので、自力で右に寝返りを打った途端、傷口から激痛が。慌ててナースコールを呼び、事情を話すと、「動く前に呼んでくれたら良かったのに~。」と半笑いされてしまい、痛み止めの点滴を追加。こんな時まで甘え方を間違えてしまい、患者さんが寄りかかることを待ってくれている看護士さん達のスタンスに拝みたくなりました。
翌朝、痛みと吐き気があったものの、時間と共に良くなるのではという短絡的な考え方で耐えていると、日勤に変わったこれまたベテラン看護士さんがご挨拶に。「痛みはどうですか?」「とっても痛いです・・・。」「ナースコールがないから落ち着いているのかと思って、来るのが遅れてごめんなさい。」と謝られてしまい、こちらの方も甘えるのが下手でごめんなさい。そして、執刀医が涼しい顔で登場。「今日は、痛かろうが何だろうが歩いてもらうからね。今日歩かないと、血栓ができて脳にでも飛んだら大変だから。」と笑いながら脅され、なかなかのスパルタだなと心の中で毒づきながら、頑張りますとだけ言ってお別れ。その後、母が来てくれたのですが、まともに話すこともできないでいると、「術後のその辛さは、経験した人にしか分からない。Sの今の辛さ、分かるよ。」そう言って私の手をさすり、帰っていってくれました。母が強くなってくれたのは、この苦しみを経験したからなのかも。そこで何か見えたものがあったのかもしれないなという嬉しい発見があって。いろんな答えが、自然な形で見つかっていく。
そして、初めての昼食です~と持ってきてもらったのは、小さめのオレンジジュースとぶどうジュース。食事と言われたのでてっきり固形物だと思っていたのですが、そりゃこの体では液体が精一杯だよねと思いながら、看護士さんにベッドを起こしてもらい、ため息をつきながら、30分をかけてオレンジジュースを完飲。飲み切った~と、自分を褒めていると気分が悪くなってしまい、再度休みました。その後、個室を出て、今度は婦人科の4人部屋に移動することになり、ベッドから起き上がった瞬間、猛烈な気分の悪さに襲われ、異変を感じた看護士さんが容器を持って背中をさすってくれました。やっちまった!吐かずに乗り切れるか?と思っていた矢先だったので、なんだか悔しくて。ずっと寝たきりで起きると気圧の関係で気分が悪くなってしまう人もいるのだそう。そうそう、気圧の変化に弱いんだよと一人しょぼくれてみる。あまりにも、顔色が悪いので、車いすでの移動になってしまい、その日に歩くことはできませんでした。自分の足で歩くことが、こんなにも有難いことだったのかと目の当たりにして、新しい病室へ。
そこで、担当の看護士さんに戻り、詳細を話すと、食べられるものだけまずは食べて行きましょうと言ってもらい、夜ご飯。米スープかと思うぐらいのトロトロおかゆを見て、息子の離乳食でもここまでにしなかったなと感心しながら、ヨーグルトだけまたため息をつきながら完食。様子を見に来た看護士さんに話すと、「頑張った~。」と喜んでくれて。ヨーグルトを食べてこんなに喜んでもらえるなんて、一生に一度かもしれないなと一緒に笑ってしまいました。そして、執刀医には「明日こそ絶対に歩いてね~。」と言われ、大人しく返事をするしかなく絶対元気になってやる!と心に誓い就寝。
翌朝、みかんの缶詰だけを食べた報告を看護士さんにして、固形物を食べられたので行けるんじゃないかと思い、日勤に変わった別の看護士さんがサポートの元、立った瞬間ぐらっと来てしまいました。でも、諦めたらいけないと思い点滴をガラガラしながらトイレまで行くと合格のサイン。随分さっぱりとした看護士さんに、これなら今日レントゲン検査に行けますねと言われてしまい、ベッドで休む間もなくまた移動を始めると、カーテン越しの隣で寝ていたおばあちゃんが話しかけてくれました。「あら?あなた立てるようになったの?昨日は寝たきりだったじゃない。回復が早いわね~。」と一緒に喜んでくれて。ご自身ももちろん病人。それでも、こんな風に励まし合い、元気になろうと毎日頑張っているのだと、思いがけない方からのエールに力が漲ってきました。
その後、歩けるようになるとお腹も空いてきて、食べられるようになると痛み止めもスムーズに服用でき、背中から入っていた麻酔も切れ、若い先生と看護副部長が巡回に来てくれた時に管を抜いてもらいました。「○○さん、今日からシャワーに入れるわよ!」「え?いいんですか?シャワーが一番嬉しいです!」「そうよね、女子はそれが堪らないの、分かりますよ~。」と随分ノリのいい看護士さんで大盛り上がり。そして、喜んでシャワー室に向かい、鏡で自分の体を見て、入院初日に執刀医が油性ペンでマーキングをしてくれた場所よりも大きくなっていた傷口に愕然としました。酷かったと言われ、漠然としていたものが明確になった時。不安と、痛みと、怖さや、もっとどうしようもない沢山の感情が渦巻き、乗り切った手術。それを越えてみると、沢山の人達の笑顔があって、一緒に喜んでくれる人達がいて、自分の体を見てどうしようもなく泣けてきて大変でした。この命を守っていくことが、沢山の人達への恩返しになるんだなと。
そんな翌朝、隣にいたおばあちゃんの退院が決まり、カーテン越しから声がしました。「トントントン。」ノックできるドアがないから、言葉で言ってくれるところが可愛らしい。「は~い。」「私ね、今日退院が決まったの。」「ご丁寧にありがとうございます。どうかお大事になさってくださいね。」「あなたもね。大事にするのよ。早く退院できるといいわね。」かけてくれた言葉と声が、どれだけの優しさと温もりを含んでいたことか。たった短い期間のやりとり。でもね、そんな時間が、人をまた一つ大きくさせてくれるんだ。もらった気持ちをね、どこかで返したくなる。ここは病院、みんながたった一つの言葉に励まされ、支えられる。それを知っている方だからこそ、伝えられる気持ちがあるのだと思いました。うっすらお化粧をしたおばあちゃんの笑顔が、なんだかとても綺麗で。こんな別れも、悪くない。人が人を想って背を向ける。なんて優しい瞬間なのだろう。