ドラマの主役のよう

姉からの連絡を受け、手術を乗り切れるという自信をもらった後、執刀医が様子を見に来てくれました。「どう、気分は?」「なかなか眠れませんでした~。」「ははっ。結構そういう人いるから。」と言って貫禄のある笑顔と雰囲気で和ませてくれました。僕に任せなさい、そんな器が透けて見えるようで、救われた朝。この手術は開けてみないと分からない、どこまで切ることになるか、どこまで臓器を取り出すのか、先生のその場の判断一つ。執刀医と患者との信頼関係が、どれだけ大切なのか、目の当たりにしました。いい先生に出会えて良かったな。

その後、ベテランの看護士さんがやってきて、点滴が始まりました。絶食も始まり、もう水も飲めない時間帯で、まともに寝ていない中で点滴をされたら、急に気分が悪くなってしまい貧血症状が。看護士さんが異変に気付き、すぐにベッドの頭を低くし、脈拍を確認しながら伝えてくれました。「一気に冷や汗が出ていたのですが、大分落ち着きましたね。手術前にこのような症状になる患者さんもいます。だから、不安がらないで休んでいてくださいね。いつでもナースコールしてください。」そう、あなただけじゃない。みんな不安の中を抜け、乗り切っている、そのサポートをするのが私達の役目だから。そう伝えてくれているようで、ぐらぐらする頭の中で感極まりそうでした。医療現場にいる人達の包容力って、すごいなと。
そして、心配そうに母が面会に来てくれました。「S、大丈夫?これ、頼まれていたペットボトルの水。50mlじゃなくて、500mlよね?」とこのタイミングで天然ぶりを発揮してくれて笑ってしまいました。50mlのペットボトルがあったら見てみたいわ!!そして、伝えてくれました。「手術は、最後までお母さんが付いているから。お父さんも休みを取って、Rの帰宅は任せてあるから何も心配しなくていい。お父さん、あなたの顔だけ見る為に一緒に来てくれたの。後で会おうね。」なんだか、堪らないなと思いました。親でいてくれているんだなと。

それから、髪の毛を横で束ね、担当の看護士さんが呼びに来てくれて、点滴をガラガラ引き、廊下で新米のこれまた可愛らしい看護士さんが引き継いでくれました。「私が、手術室までご案内しますね。」その笑顔に助けられながら。そして、ふらふらしながら自動ドアを開けるとそこには両親の姿が。顔色の悪い私を見て、居たたまれなくなった父の表情がそこにはありました。それでも、そこでお別れし、エレベーターのドアが閉まる前に手を振りながら言ってくれました。「頑張れよ!」何度も切れかけた絆。それでも途切れない想いがここにある。この瞬間を忘れるものか。
その後、手術室の前で母ともお別れ。「気持ちを強く持ってね。」今にも泣きだしそうな母が、一生懸命に毅然としてくれようとする姿に力をもらいました。あなたの娘で良かった。

手術室の前で、改めて執刀医に挨拶し、最後のアイコンタクト。今度目覚める時には先生と笑っていたい、そう思いながら手術室へ。入ると、麻酔科の先生と看護士さんが優しく微笑みながら待っていてくれました。そして、患者への最後の確認。「今日の手術はどこを取りますか?」「左の卵巣です。」「今回の手術は、状況によっては他の臓器も摘出しなければなりません。了承して頂けますか?」「・・・はい。」この質問、今までの人生の中で一番辛かったかもしれないなと思いながら、姉の良性の言葉を信じることにしました。きっと大丈夫。そして、手術台に歩いて行くと、テレビで観た光景そのままだなと思いながら寝かされ、改めて麻酔の管を背中に入れてもらっている最中、もう貧血を起こしている場合ではないなと動揺を抑えました。母に託したスマホ。本当ならベッドのセーフティボックスに入れなければいけないのですが、母に持っていてほしいとお願いしました。そうしたら、手術室の外で持っていてくれる。そのスマホで、沢山の人達と繋がりました。これまで自分を支えてくれた沢山の人達の顔が浮かび、私の書く文章を読み続けてくれる沢山の読者さんがいて、心強さが後押ししてくれたのか、不安感が和らぎ、緊張が解れていきました。すると、すっと無意識の間に麻酔が効いたようでそこから記憶がなくなりました。

「○○さん、○○さん!」どこかで聞いたことのある声。誰だ?ぼんやり意識が戻ってくると、もう一度話しかけてくれました。「○○さん、良性!良かったね!」ああ、先生だ。まだ夢なのか現実なのか頷くだけで精一杯で、ぼーっとしていると母がそばに駆け寄ってきてくれました。「S、お疲れさまでした。良性だったよ。本当に良かった。」「お母さん、私の卵巣は?」「一個、先生が残してくれたよ。本当に酷かったみたい。腫瘍は全部取り除いてくれたよ。右側にも一つあったの。よく頑張ったね。」良かった、本当に良かった。その後、重たい体で気持ちの悪さに襲われ、ベッドのまま産婦人科に戻され、病院側の配慮でその夜は個室へ。吐き気と痛みがじわじわ襲ってくる中で、執刀医の先生が伝えてくれました。「本当に酷かったよ。よく今までこの痛みに耐えていたね。悪い所は取ったけど、これだけ酷かったから、薬物療法に入るよ。長い戦いになるよ。はははっ。」一緒に笑いたいが、笑えないぞ。このタイミングでそれを言うか!っていうか、今私、麻酔が切れかかっていて、痛みと吐き気と戦っているんですよ~と思いながら、良性であったことに安堵してくれた先生の優しさなのだと思いました。
慌ただしく人の出入りがあり、ようやく一人になった夜、そっと泣きました。感謝と、安堵と、恐怖や、優しさ、そして、生きること。助けられた命。さあ、どうやってこれから先使っていこうか。