相手を想ってこそ

強がってはいても、なんで私の親類っていつも信頼し合うことができないのだろうと、時々どうしようもなく情けなくなる時があって、そんな時に必ず思い出すのが、大学時代の恩師。

教職課程を受講している学生には、アドバイザーの先生がいてくれて、面談を行う時もありました。一度、全てのことに疲れてしまって、教員免許を諦めようと、わざと試験で1教科だけ勉強せずに30点を取ったことがありました。1つでも単位を落とせば、私の中で諦めがつくと思ったから。

そんな時、アドバイザーの先生との面談がたまたまあり、研究室に呼ばれました。私の試験結果を見て、明らかにその30点が不自然に見えたよう。なぜかその先生は最初から私のことをファーストネームで呼び、教職課程を頑張っていることを感じてくれていて。だからこその違和感を、ものすごく緩い変化球を投げて伝えてくれました。「Sさん、少しだけ僕の話をしてもいいですか?教員の世界も色々あって、大変なことがあると投げ出したくなることもあってね。でも、あなたのような学生さんが教員を目指し、その教育をして、成長していく姿を見せてもらえると、この仕事をやっていて良かったなあと思いますよ。将来的に教員にならなくても、あなたには教育現場にいてほしい。身分なんてなんでもいいんですよ。これが僕の個人的な願いです。」

「先生は、自分の仕事がお好きですか?」と私。「この仕事を誇りに思います。」その時の恩師の目は、強い信念があり、とても真っ直ぐでした。お礼を言い、ドアを閉めて、もう一度落としてしまったカリキュラムを受講し直そうと決めました。最後の最後まで、理由を聞かなかった。勉強不足だとは全く思わなかったからこそ、何かを伝えたかったのだろうと。あんなに緩い変化球を投げられたのは、初めてだったかもしれません。
相手を想うからこそ、ストレートは避けた。あなたは教員を目指している、その気持ちはどんなことがあっても大切にしてほしいと。周りのことよりも、自分の意志を貫いてほしい。その経験がいつかきっと、心が折れそうな時に役に立つ時がくるから。

その後、再受講した試験は突破。最終日、学内全学部の教職課程の単位を全て取得した学生が大講義室に集まりました。そこで、教養部のトップである教授が私達学生に労いの言葉を述べてくれました。
「教職のカリキュラムが一気に難しくなった中で、よくここまで頑張ってくれた。教員になる人、そうじゃない人、後から目指す人、本当に様々だと思う。それでも、これからどんな道に進んでも、ここで仲間と同じ目標に向かって学んだことは、あなた達の大きな財産になる。教育というものは、どれだけ時代が変わっても、変わってはいけないことがある。そのことを、これからの人生の中でも大切にしていってほしい。みんなここで離れていくけど、今感じている気持ちは全員同じ。そんな学生を育てられたことを、幸せに思う。ありがとう。」

教育者を育てる教育者の言葉の重みと、存在感と温かさが心を包みました。そして、アドバイザーの恩師もマイクでひと言。「全部言われてしまったので、特に話すことはないです。」
どっと笑いが起き、感動と優しさと、お互いを称え合う空気が講義室いっぱいに広がりました。
その場所にいられたのは、恩師の言葉があってこそ。挫けそうな私に、諦めるなと伝えてくれたから、今ここにいられる。