喉の痛みも完治したので、久しぶりに朝マックへ行くことにしました。すると、朝陽が差し込み、窓側に座った二人のお客さんが目に留まって。一人は制服を着た男子高校生君、もう一人は男性の先生か?スーツを着ていて、お父さんでもないような距離感があり、二人の雰囲気がなんだかいい感じで。大学図書館勤務時代、学生さん達にカウンターで趣味を聞かれたことがありました。きっと彼らは読書ですといういかにもこちらが言いそうな言葉を待っていたのだろうけど、人間ウォッチングですと答えると、意外な返答に爆笑されて。「おねえさん、マジウケる。」だの、「私達もいつも見られているんですか?」だの言われ、わーわー盛り上がってしまったことも。そんなひとときが懐かしいなと思いながら、その人がどう生きてきたのか想像するのは興味深いんだよなと、生徒と先生らしき二人を見ていたら自分の高校時代がゆっくり走り始めました。並走する不思議な時間、通路を挟んで景色が流れていく。
高校2年の野球部顧問の担任が、事あるごとに私との会話を楽しんでくれていたことを思い出しました。楽しんでいたというより、知りたいと思ってくれていたのだと改めて思って。体育の授業で、陸上と器械運動と水泳という3択が待っていました。喜んで陸上を選び、伸び伸びとその時間を満喫しているとある時先生が聞いてきて。「体育の授業を選択制にしたことについて、どう思う?」「スポーツ全般それなりに得意なんですけど、水泳だけは泳げるけど苦手意識を持っていて、一番やりたくない競技だったんです。それが強制じゃなくなったことだけでも嬉しいのに、好きな陸上を選べるのは本当に有難くて。体育の中でも得意不得意ってあったりするから、好きなもので評価してもらえるっていいなって思いますよ。」「そうか。参考になるな。」「ついでに言わせてもらえるならば、私芸術的センスゼロだったんです。1年の時、書道か音楽か美術か選ばなくちゃならなくて消去法で書道にしました。2年になって芸術の教科が無くなったことで楽になって、さらに文系に入ったから理系の教科も減って、そうやって選べることって本当に助かるなって痛感しています。」「○○と話していると、こちらもいろんな意見が聞けるな。他に何かあるか?」「先生はどうして体育教員に?」「スポーツ全般好きだったし、教えるのも好きだったからかな。大学の同級生にメダリストもいるよ。スキーとか水泳とかある程度できないと教えられないから、いろんな競技を大学4年間でやったよ。」専門に進むって面白いねといろんな話で盛り上がった日。ある時はこちらの勉強法を聞かれ、机に向かう時はジャージを着ていると話すと理由を尋ねられて。「今日は思うように入っていかないと感じた日は、ちょっと走ってから勉強するとすっきりして効率が上がる時があって。だらだらやる2時間よりも、集中する1時間の方が意味があるかなって。祖父の介護で、一日病院にいたことがあって、パイプ椅子の上でずっと日本史の教科書を読んでいたら、腰を痛めたことがありましたよ。」そう話したら、一緒に笑ってくれました。
その後、3年になり担任が変わって野球部は大活躍、そして、エース君と仲良くなり、キャッチボールが待っていて。その中で、顧問はどんな人だったか聞いてみました。「本当に大事なことは話すけど、基本的には俺達のやり方を信じてくれているというか任せてくれている印象だったよ。そんなに多くを語る先生ではなかった。」私の前では饒舌だったのに、少し違う先生がそこにはいました。それも、きっと意味があることだったのだろうと。「なあ○○、おじいさんの介護もあって、勉強もあって大変じゃないか?」何気なく先生が聞いてくれたことがありました。「高校3年間は勉強に集中するって決めていて、それも終わりがあることだから。祖父は、今まで家族を支えてきてくれた、だから今度は私の番。」そう伝えると、一瞬の間があり、そうかと微笑んでくれました。その間には、優しさが詰まっていて。この子は、自分の立場を冷静に受け止めている、そうさせたものは何だったんだろうな、きっとこれからもそうやって生きていくんだろうな。それがいいか悪いか、今は分からないのだけど。でもな○○、たまには人に弱さを見せろよ。声を上げて泣けよ。敢えて、言葉にはしなかった先生の想い、十分過ぎるぐらい伝わっていたよ。
ふと顔を上げると、目の前には男子生徒と先生らしき男性が、一言二言相変わらずマックの窓側で言葉を交わしていて、小さな光の粒子に包まれているようでした。高校2年の時から私は、もしかしたらあまり変わっていないのかもしれないなと思うと笑えてきて。そして、ネネちゃんの言葉が頭を掠めました。「Sちんは、支離滅裂なお母さんの話でさえ真剣に聞こうとする。苦しくならないのかなっていつも心配になったよ。でもね、話し上手な人よりも聞き上手な人の方が得るものは多いよ。Sちんはきっとこれまで沢山のものを得てきた。私はそう思うよ。」何が正解なんだろうと時々分からなくなりそうな時がある、でもこんな風に包んでくれようとする人がいると、間違いではなかったのかなと。正しい解ではない時もある、でも解を導き出そうとしたその過程をなぞってくれる人がいる、そういう人達に助けられてきたんだな。外に出るのもいいものだ。ダークにならないように、でもそんな日もあっていいじゃないかと丸ごと笑える時まで歩き続けるよ。書くことがなくなる日、いつか来るだろうか。