終業式当日、朝からそわそわしていました。テスト結果が良くなかったので、息子は見せようとはせず、これは通知表待ちだなと思っていて。そして、あっさり半日で帰ってきたので、表情を伺いました。可もなく不可もなく?!そんな気持ちが感じられ、聞いてみることに。「成績どうだった?」「ん~。もう少し頑張れた。」なるほどなるほど。「後で見せてね。」「今から友達とサイゼリヤに行ってきていい?」「いいよ。気を付けて行っておいで。」そう伝え、少額のお金を渡しバイバイ。半分はサポート、半分はお小遣いの中からうまいことやってねという暗黙のルールは分かってくれているよう。嬉しそうに出ていく彼を見て、あまりごちゃごちゃ言うのはやめようと思いました。とりあえず、1学期頑張ったねと素直に言える母親になれるだろうか。葛藤はこれからも続く。
一人になったので、リビングで祈りながら通知表を見てみました。成績は横ばいどころか、社会科が下がっていて。相当二人で勉強したよね、それなりに手応えもあったはず、何がいけなかった?と反省会が始まって。そもそも息子は読み取る力が足りていない、問題の意味そのものを理解するまでに時間がかかり、違う解釈までしてしまい、ケアレスミスも多いのではないかと。一緒にやっている時は、問題を読みながら彼のペースで取り組むので入ってきやすいんだろうな。頭の良さってなんだ?と思考がぐるぐる動き始めました。数字では測れない息子のいい所を知っている、そこは忘れないでいたいなと。高校の時に知り合ったマブダチK君。彼の頭のキレはすぐに分かりました。それでも、授業中は寝ていることが多く聞いていない、テスト勉強もしない、でもなんとなく点数は取れていることに驚いて。もっと本気を出したら、この人はどこまで伸びるのだろうと。見ていてもったいないなという気持ちと、でもそれが彼なのかなとも。おばさんもきっともどかしいだろうと、そんな親子関係を見ていました。タバコを校舎内で吸って無期停学をくらったかと思えば、反省して復学、受験勉強もせずに大学に受かるわで、心配と安心の波が大きいんだよなと笑えてきて。かと思えば、入学式と1回だけ講義に出たらばかばかしくなってきたと言って、中退したいと言い出す始末。結論は急がない方がいい、休学という手段もあるからと説得を試みても、気持ちは変わらない様子でした。おばさんもいろんな気持ちの中にいた、せっかく受かったのなら卒業をしてほしい、でも最後はあの子が決めたことを応援したい。その愛情の大きさに胸がいっぱいでした。そして本当に中退し、車の旅に出て、何年かしてから戻り、ゲーセンでバイトを始め、そこの常連さんに声を掛けられ就職することに。それでも数年後、倒産し、残務処理に行った会社さんに気に入られ、再就職をさせてもらったという話を、久しぶりに再会した名古屋で話してくれて。お互い42歳になっていました。目の前にいた彼は、二児の父になり、社会に揉まれ、そして、中退して車の旅に行かせてくれたおばさんへの感謝と、倒産後に拾ってくれた会社への恩を感じていて。先祖代々続いてきた家業と今の会社、どちらも大切で、だからこそ迷っているのだと。髪の毛を金髪に近い色に染め、自分のことしか考えていなかった高校時代、なんだかすべてがばからしい、でもSのことだけは信じられるなんて言っていたK君が、周りの人達のことを想い、悩んでいる姿を見て、いい男になったなと感無量でした。こういう男性になっていく、そう高校時代に想像した通りになっていて、それが本当に嬉しくて。人間万事塞翁が馬、それを目の前でいつも見せてくれるようなマブダチ、そして親になるってこういう気持ちなのかなとおばさんからも沢山学ばせてもらっていたのだと改めて思いました。最後は、息子が決めた道を信じる、転んだらまた違う道を選び直せばいい、ただその経験をいつか肯定してあげて。そう伝えたい。
高校2年の体育教員、野球部の監督だった担任の先生にはいろんなことを聞かれたなともう一度思い出しました。文系コースに進み、ようやく結果がついてきた頃、よくやったなと褒めてくれたのだけど、いまいち自分の中ではピンと来なくて。「たまたまです。」「そんな謙遜しなくても。」「定期テストは範囲が決まっているから結果が出やすいけど、実力テストはボロボロなので。そんな大海原から問題を出されてもって感じです。それって結局頭が悪い証拠なんじゃないかって。だから、あほみたいに勉強しないとあっさり落ちます。」率直にそう話すと、笑ってくれました。その心意気がな、もう一人だけ違うんだよ。そういうストイックさ、それが○○の強みだろ。結果が出ても甘んじない、その精神力はどこで養われたんだろうな。周りからどう見られているかではなくて、自分のことがよく見えている、大事なことだと思うぞ。先生も、数字では見えない部分を見てくれていたんだね、それが自信にも繋がっていった。肯定感は多分、重ねた小さな自信の分だけそこにある。息子に届けたいのは、やっぱりこれなのかなと思いました。
「Sがもし将来子供を授かったら、その子供は幸せだな。」「どうして?」夕日が沈みかけている公園で、制服を着ているK君が伝えてきました。「高校の時に出会えて俺はラッキーだったと思っているんだぞ。Sの子供はこの世に生まれた時からそばにいる。どれだけのものをお前からもらうんだろうな。まあ、沢山考えさせられるだろうけど。」「何それ!」とわいわい。その人を本気で知ろうとする、受け入れる、辛さも明るさもいろんな感情も、広い視野で受け止められたら本当の自分を好きになってくれるのかな。親として、人として探し続けたい。