神戸三日目の朝、少し睡眠不足だなと思いながら、最後の一日を心に刻もうとゆっくり身支度を始めました。レイトチェックアウトをお願いしていたので、息子とお部屋の動画や写真を撮って大盛り上がり。前夜は、清掃の方が息子のぬいぐるみ達を並べ直してくれていたので、なんだかほっこりして。なので、お礼のメッセージを書くことにしました。『ぬいぐるみまでかわいらしく並べてくれて、きれいにありがとうございました。がんばろう神戸、いつも震災からずっと祈っています。』無地の白い紙を折り、折り鶴を添えて。私にできるのはこんなことぐらい、でも届くといいな。その後、ロビーに降り、スタッフさんに写真を撮ってもらいました。すると伝えてくれて。「シェーのポーズはどうですか?」ん?ここに来ておそ松くんのイヤミ?!と笑ってしまい、喜んで息子と決めると微笑みながらシャッターを押してくれました。その笑顔は私の中にしまっておきます、そんな気持ちでお礼を言ってお別れ。スーツケースは預け、Mさんとも合流し、街を改めてゆっくり案内してくれることになりました。日射しが優しく降り注いでいく。
少し歩くと、震災の時から止まったままの時計を見つけました。『1995.1.17 AM5:46』心が締め付けられて。時を刻むはずの時計が、その時間で止まっている。言葉になりませんでした。いろんな気持ちの中で、タクシーに乗り、港沿いのメリケンパークへ。すぐにスタバを見つけ、嬉しくなってドリンクを選び、少し休憩することにしました。雑誌で見つけたここのスタバ、来てみたかったんだよなと感激してしまって。それから、外に出ると浜風が心地よく、横浜とどこか似ていて、そして名古屋港とも繋がっているんだよねと。そんなことを思っていると、目に入ってきたのはモニュメントの『BE KOBE』の文字。神戸らしさ、そのメッセージにぐっときました。この地で生き、歩みを止めない自分達を誇りに思っている、そんな想いを感じ胸が熱くなって。とてもとても大きなメッセージだ。そこから、また少し歩くと、神戸港震災メモリアルパークに辿り着きました。当時の震災遺構がそのまま残されている箇所があり、はっとなって。いろんな方達のいろんな感情までもがここに残されている、そう思いました。深い悲しみだけじゃない、それでも立ち上がるんだという気持ち。少し前に、NHKのドラマ『心の傷を癒すということ』(原案:安克昌、放送2019年度)、自ら被災しながら被災者の方の心のケアをする精神科医のストーリーを見て、本気で考えさせられました。外から見えているものと中から見えるもの、私は上っ面のことしか見えていなかったのだと。そのドラマを拝見した後だったので、目に入る神戸の街に泣きそうになりました。美しい景色も震災遺構も、人の笑顔も何もかも。
その後、中華街にも案内してもらい、美味しい中華をMさんにごちそうになり、旅する豆しばのぬいぐるみを見つけたお店に入ってお会計へ。すると、男性の店員さんが英語で対応をしてくれるので笑ってしまいました。「日本人です。関東から来ました!」帽子を目深に被りサングラスをしていたので、分からなかったよう。「すみませ~ん。海外からのお客さんが多くて。」「いえいえ。ありがとうございました!」そう伝え笑ってその場を離れました。醸し出す雰囲気がどこも優しいな。そして一番最後に、生田神社へ。昨日は二人に行ってもらったので、やはり私もお参りがしたくて。手を合わせ祈った時間。音がなくなりました。目を開けると賑やかな声がまた聞こえ、宿に戻りスーツケースを受け取って、三ノ宮駅へ向かうことに。あと少しで着いてしまうね、また来るよ神戸。ホームに入り、今見えている景色を目に焼き付けようと思いました。思い出をポケットにしまって。
その後、JRに乗り新大阪駅へ。Mさんがお見送りをしてくれたので、お土産を買って迷わず新幹線に乗ることができました。三日間ありがとう。どんな街で育ち、どんな想いでここまで来たのか垣間見ることができて、ありがとう以外の言葉は見つからなくて。確実に言えるのは、神戸の街がとても似合っているということ。彼の中にも『BE KOBE』の気持ちがあるからこそ。ガラス越しから、息子とバイバイ。新幹線はゆっくり新大阪駅を出発しました。出会いと別れと出会いと別れ。そんなことの繰り返しだ、この三日間、生きることの意味をもう一度教わった気がしています。隣を見ると、息子が神戸や大阪バイバイと言っていなくて。やっぱりコイツ、なんだかしっくりきて、近い将来関西に住む気か?!と笑ってしまいました。感想を聞いてみると、「だし文化サイコー!」と言っていて。「Mさんはこれからどうするの?」「同じ宿にもう一泊してそこでお仕事するって。その後ご実家に帰るみたい。」「いいなあ。ボク1か月いたかった!」とわーわーうるさいので、それはそれで微笑ましくて。お母さんはあなたの人生のサイコロがどう出るのか、楽しみだわ。そんなこんなで、軽食を楽しんだ後、仮眠をとると、次は名古屋~と聞こえてきました。子育てがひと段落したら、ゆっくり来るよ私の大切な故郷。そう思うと涙が溢れそうでした。一瞬祖父の気配がした、気のせいだろうか。その後、くっきり富士山が見えたことに感激し、小田原駅で乗り換え、忍者の豆しばもゲットし無事に帰ってきました。楽しかったね~と、新しい仲間達とあっさり眠りについた息子。一人になり、私の役目も終わってほっとしました。崩れないようにと、程よく緊張していたんだな。
中華街を歩いた時、高校の卒業旅行で行った18歳の自分とすれ違ったようでした。いつか大人になったらまた来るんだ、そう願いようやく実現できた時は46歳になっていました。その間にもどれだけのことがあったことか。人と人を繋げてくれるご縁というものにいつも助けられ、プログラマーのMさんとお仕事をさせてもらうことに。出身地である神戸を案内され、より深く知ることができました。そして、沢山の方達の優しさに触れ、やっぱり自分の方が励まされているなと沢山の元気をもらって。ありがとうの言葉じゃ足りないぐらい、いっぱい笑うことができました。だから、神戸の皆さんにも笑っていてほしい、そう思っています。三日間、あたたかさをありがとう。心の中の時計の針が、ゆっくりでも動き出しますように。