神戸二日目、今日は吐き気が強く出てしまっているなと気圧の変動に振り回されながら、身支度を始めました。息子はMさんと大浴場で待ち合わせをし、すっきりした様子。朝ご飯を一緒に食べ、その日の予定を話し合いました。息子が、前回はまだ工事中で入れなかったUSJのドンキーコングエリアに行きたいことは分かっていたので予め予約をし、3時からのチケットで向かうことに。それまでは三ノ宮駅周辺を歩き、昼ご飯を食べて、甲子園を外から眺めてからUSJへ行くという計画を、Mさんが立ててくれました。中身の詰まった一日、どんな気持ちがまた心をすり抜けていくのだろう。
なかなか寝付けなかったので、少し休めば楽になると思い、短時間だけ二人でお散歩に行ってもらい、その間お部屋で寝かせてもらいました。その判断が吉と出て深く眠ることができ、復活。2人と合流すると、生田神社にお参りに行ってきたとお守りを買ってきてくれました。有難く受け取ると、その神社、聞いたことあるなとMさんに聞くことに。「震災の時、被害があったからテレビでもよく伝えられていたんだと思うよ。」と。そうかと胸が詰まって。復興のシンボル的存在は、きっといろんなところにあるんだろうな。その後、ヴィッセル神戸のお店に立ち寄り、アーケードを抜けて、だしのきいたおいしいうどんセットを食べ、それでも調子は不安定で困惑しました。一日乗り切れるだろうか。薬は沢山持ってきた、お守りももらった、なんとかなるはず。そう思いながら、阪神電車に揺られ、甲子園駅に着きました。歩きながら見えてくる、甲子園球場。すると、中学の時に両親と姉と4人で来た時のことが蘇ってきました。人文字の練習をしているアルプススタンドに入る前の方達がものすごい数いて。先生らしき方が笛を吹き、メガホンで指示を出し、それに応える学生さん達に感動しました。一緒に戦うんだ、この声援がきっと届く、そう信じて。その高揚感が直に伝わり、本当に甲子園に来たんだなと感激した中学時代。いつもちぐはぐな両親でなんのまとまりもなかったうちの家族、でも野球はみんな好きで、数少ない4人での甲子園旅行は私の中に大切にしまってあります。それから数年後、家族が本当の意味でバラバラになる少し前、父はリュックを背負い一人で甲子園へ行ってしまいました。誘ってくれたら良かったのに。そう思いながらも、一人になりたかったのかなとそっとしておくことに。すると、私ともあまり口を利かなくなった父が少し嬉しそうに帰ってきました。「お父さんな、バックネット裏で帽子を被って観ていたんだよ。テレビに映らなかったか?」いやあ、知らんし。と思いながらもなんとなく話を合わせることに。「ん~。それらしい人がいたかも?!」お父さんの中にあった孤独、知っていたよ。だからこそ切なかったし、そばにいるよって信号を送りたかったんだ。野球というスポーツを通して、いつもどこかで繋がっていたね。
久しぶりに来た甲子園を見て、いろんな気持ちが流れていきました。そして、息子とカシャリ。写真撮影で盛り上がっていると、周りがざわつき始めて。なになに?と振り向くと、仙台育英の選手達が到着したことが判明。先頭の須江監督を目の前で見かけ、涙がこぼれそうになり、気持ちの悪さが吹き飛びました。4年前の甲子園で優勝した監督インタビューで伝えてくれた「青春ってすごく密なので。」という言葉。コロナ禍でいろんな制限の中にいた生徒達だけでなく、多くの方達の心に深く届いたその名言を思い出し、胸がいっぱいでした。息子と歩いた楽天の球場までの道の途中で、仙台育英高校の前を通りました。その時は小学5年生、なんだか今回、すごいタイミングだなと感極まりそうになりながら、伝えていて。「がんばってください!」初戦から試合がある選手達の緊張した面持ちまでもが、青春そのもので、ぎゅっと詰まったその時間にありがとうと思いました。ほんの一瞬の出来事、でもその数秒に生きる力をもらっているのかもしれないな。その後、感激してわーわーうるさい私達親子の相手をしながら、Mさんが球場の裏側も案内してくれて、神社でお参りをさせてもらいました。そして、あの辺りが今の実家だと場所も教えてもらい、こんなに近かったらそりゃ阪神ファンになるわと笑えてきて。球場の円、それはやっぱり人の縁でもありそうだ。
それから、また電車に揺られ、息子が本気で夢見ていたUSJの再来訪と、ドンキーコングの世界へ入ることができました。アトラクションは140分待ちと表示。一段上がったから何とかなるでしょと思い、並ぶことにしました。有難いことに思ったよりも早く乗れて、熱狂しながら満喫。バンドも付けてハテナブロックを叩き、コインをゲットし、途中で休みながらお土産も買い、最後はジュラシックパークのライドへ。確実に濡れるのは分かっていたのだけど、本気でびしょ濡れになり散々盛り上がって2年ぶりのUSJを楽しみ、出ることにしました。この名残惜しさまでもがなんだかいいね。
そしてまた電車に揺られ、三ノ宮駅に到着。鉄板焼き屋さんでそばめしなどを食べていると、とても気のいい店主さん達が最後に話しかけてくれました。親子かな、親父さんと息子さん、笑顔がどちらも素敵で。「どちらから来はったんですか?」Mさんは地元なのでテンポのいいトーンで楽しそうに会話は終了。故郷、落ち着くでしょ。そんなニュアンスが感じられて。お店には、長年の歴史と励まし合ってきた匂いが染みついていました。向けてくれたその笑顔を忘れないでいよう。そして、また夜食を買い、心地よい疲れの中で最後の夜を楽しみ、電気を消しました。無事に濃い一日をこなせたことに感謝し、ベッドに入ることに。30秒後には息子の寝息が聞こえてきて。微笑みながら目を閉じた時間。明日は最終日、この地を離れる時何を思うのだろう。