ある週末、息子が先に起きたことが分かったものの、部活のない日だったのでいいかとそのまま寝ていると、玄関で父の声が聞こえてきました。ん?夢か?!と思いながら、起きて息子に聞いてみることに。「おじいちゃん来なかった?」「うん。ピンポンが鳴ったから出たら、おじいちゃんがハムやソーセージいるか?って。それだけ聞いたら帰っていったよ。」それにしても現物がある訳でもなく、何だったんだ?と思いながら身支度を始めようとすると、再度ピンポンが。モニターを見て、父の再訪が分かったので慌てて出ることにしました。「どうしたの?」「佐賀の○○(父の弟)からお歳暮にハムが送られてきたから届けに来たんだよ。」「ありがとう。とりあえず入って。」そう言って受け取りながら、リビングへ促すことに。息子も私もまだパジャマ姿で頭もボサボサなのだけど、まあいいかとソファに座ってもらい話し始めました。「今度、また佐賀に飛行機で行くことになって、羽田空港までの高速バスを予約してくれないか?」「ああ、いいよ。」とスケジュールを聞くと、どうやら朝一に一人で向かうよう。前回は電車で行って荷物もあるし大変だったと話してくれたので、ちょうどいい時間を探し、予約を入れました。すると、すぐに決済をしなければいけないことが分かり、父を見るとスマホしか持っていなかったので、こちらがとりあえず立て替えることに。細かい操作中も、最近観た映画の感想などを話してきて、なんとなく相づちだけ打つと、すぐに空気を読み話を中断してきました。こういう所が父なんだよなと嬉しくなって。多くを語らないのに、居心地良さそうに会話をしてくるのは私であることが多い。シンプルに波長が合うからなんだろうなと改めて思いました。「この間さ、ポケモン仲間のおばさんと一緒に散歩したんだよ。」・・・は?と思いながら笑ってしまって。気が付いたら友達ができている、それも父の人徳なのかもしれない。その後も、野球や最近のニュースで盛り上がった後、息子と玄関まで見送ることに。そして、メイクを始めるとまたピンポンが鳴り、佐賀の小城羊羹とバス代を渡し、去っていきました。どんだけフットワークが軽いんだともう笑うしかなくて。仕事を辞めてから、もしかしたら父は少し老けてしまうのではないかと思っていた。そんな予想を覆し、シャンとしている姿勢はそのままで。こんな短時間なのに、利子を付けて返してきた父はまだどこかで銀行員なのかもしれない。
この人に、ちょっとどこかで似ているんだよなと連想させるのは、マブダチK君で。忙しない日曜日の朝に、ふと大学時代の頃を思い出しました。2年生になり、家庭崩壊寸前の時、教職課程どころか大学中退の危機が目の前に迫っていて。それでも、忙しい合間にK君とは会話をしていました。「俺さ、なんとなく大学に入ったけど、やっぱり違っていて、親に学費を出してもらいながら出席もしないでずっとふらふらしているんだよ。実家暮らしだから何も生活に困らないし。でもSは、全然状況が違う。やりたいことが沢山あるのに、いつも家族のことで犠牲になっている。勉強したいって思っている奴がなんでお金のことでストップさせられなきゃいけないんだよって。俺とお前ってさ、ある意味対極にいるんじゃないかって思うんだよ。Sから見たら、俺のこと腹立たしくないのかなって。恵まれた環境の中にいて、それで甘えてしまっている俺になんで会おうとするんだろうって。逆の立場だったら、俺はできないって思った。なんでだ?」なんで?!よく彼はこの手の質問をしてくるなと。「大学に籍はあるけど行っていないというのは、表面的に見えているもの。それは私以外にも世間の人が分かること。でもね、高1の時からK君を見てきて、どこか苦しそうだったのを知ってる。大人が敷いたレールの上に俺もやっぱり乗るしかないのかなって、いろんな気持ちが交錯していたのを感じてた。それは今もそう。好きでその状態にいる訳じゃないと思っているよ。男だからとか立場とか関係ない。苦しいものは苦しいよ。だから、何も腹は立たない。ゆっくり時間をかけて考えればいいって思うよ。」そう言うと、一瞬の沈黙があり、微笑んだ後に伝えてきました。「それがSのすごさなんだろうな。想像よりも、深く、広く考えてくれる。そんなSの気持ち、お前の家族にも伝わるといいな。」なんて穏やかな夜。久しぶりに名古屋で再会した4年前、大学を中退して、車の旅に出たK君の心の中にずっとその時間が残っていて胸がいっぱいでした。その時見た景色も、出会った人達も、食べた料理も、そして旅でもらった優しさが大切にしまわれ、穏やかな笑顔として表にそっと出てきていて。あなたの判断は大正解だったね、何十年も経ち、そんな答え合わせができたいいひとときでした。またいつか笑って会おう。
父が映画の話をあれこれしてくれた時、そういえば、大学図書館に勤務していた頃、映像資料も所蔵していたことを思い出しました。館内貸出に留まってはいたものの、借りてくれる学生さん達もいて、ヘッドホンを付けて視聴する後ろ姿に、学生の自分が重なりました。本から、映画から、いろんな資料から刺激を受け、柔軟な考え方ってどうやったら身に着くのかなと、沢山の感動が今も自分の心を動かし続けてくれています。高速バスの決済完了のメールを父に転送すると、『ありがと』と返信がありました。お母さんにあまり会いたくない気持ちも分からない訳ではない、でもこうしてサポートしてくれてありがと、ゆっくりいこうや。そんな父の気持ちを感じ、微笑みたくなりました。人と人って難しいね、でも想いが届くと嬉しくて。佐賀の祖母が亡くなってもうすぐ一年、小城羊羹を食べて思い出を噛み締め、また前に進もうか。おばあちゃんも、父とのストーリーを笑ってくれているかもしれない。