今日は、息子の中学で東京都内散策の日。台風も去り、無事に出かけてくれました。日帰りのイベントとはいえ、体調を崩さずに元気に行ってくれるとほっとして。どうやら浅草方面に出向くよう。私も、随分前に一人で行ったなと懐かしくなりました。人形焼き屋さんの前で、こしあんと粒あんの二択で本気で迷ってしまって。人形焼きと言えばこしあんのイメージがあるのだけど、粒あんが好きなんだよなとあれこれ考えていると、職人さんが笑ってくれて。「どっちも美味しいよ!」その言葉が何よりの正解なんだろうな。結局どちらかを選び(思い出せない)、気持ちを一段上げてお参りに行ってきました。子育てが一段落したら、もう一度一人で東京観光をしてこようか。景色がまた少し違って見えるかもしれない。
名古屋市内を夏のセーラー服で散策した中学時代、先生達はチェックポイントで待ってくれていたので、班ごとに分かれて、いくつもの目的地へ向かいました。確かどこかの美術館にも入り、テンションが上がってしまい、わーわーやっていた時間。若い女性の職員さんに、「シー。」と指を口元に当てられ、「すみません!」と謝るこちらの声もこれまた大きくて、笑ってくれました。ひとつひとつの絵にそれぞれの感想を述べ、ああでもないこうでもないと小声で言う、そんなひとときが楽しくて。その時は、班のカメラ係でした。どこかの休憩エリアでカメラを構えると、メンバー以外で合流してきた他の班も混ざってきて、すごい人数に。一人、また一人と入ってくるので枠に収まりきらず、「ちょっとー!」と声をかけるとみんなが笑ってくれて、いい表情でカシャリ。フレームに入りきらない、中学時代という大切な時間がそこにはありました。『写ルンです』のカメラを握りしめ、先生達と合流。あそこが良かったここが良かった、男子がこうでああでだいぶ困った、でも楽しかった。そんな話を微笑ましく聞いてくれました。初夏の匂いが、その思い出を毎年運んでくれている。
大学図書館で勤務していた頃、キャンパス内で古い資料を展示して外部の方達に見てもらうという部屋が設けられ、他の部署から声がかかりました。男性職員から説明を受け、「学芸員さんのようにしてください。」と言われて。「○○さん、司書だからなんとなく分かりますよね。資料を直接触っている方がいたら、それはちょっと~とか言ってやんわり注意して頂ければと。」なるほどなるほど。そして、それぞれの資料の内容も聞き、一人で立って待つことに。なんでヒールのあるパンプスで来てしまったのだろう、いつものぺったんこのローファーにすれば良かったと後悔しても時すでに遅し。立ち仕事をされている方、本気で尊敬するなと思っていると、来客の方が少しずついらっしゃり、落ち着いた口調でご挨拶。大学在学中、歴史を専攻していたので、教員免許と司書以外にも学芸員の資格も取ろうと思ったら取得できたのだけど、それどころじゃなかったな。でもこんな機会に恵まれ、たった一日を噛み締めようと思いました。時間がゆっくり流れ、帰られる方にもご挨拶。30歳か、学生時代が蘇る、とりあえずここまで来たねと自分を振り返るいい時間でした。その後、説明をしてくれた男性職員と一緒に資料を片付け、「お疲れ様でした。」とお互いを労い業務終了。足パンパンで帰宅したそんな日までも、今となっては愛おしい。
息子の都内散策は、来年の修学旅行の予行練習も兼ねて、最初は羽田空港へ行くらしい。息子と向かった旭川行きの飛行機、そして姉と佐賀行きの便に乗る為、待ち合わせをした時のことが思い出されました。祖母が他界した、その現実と寂しさと感謝と数々の思い出がこみ上げ、ネネちゃんがそばにいてくれて良かったなと。まだ早朝の空港、それでも人の数は多く、そのざわめきにも少し助けられていました。静かすぎると余計に深く考え込んでしまっていたのではないかと。大学4年の終わり、両親の離婚前にきっと最後になるだろうと佐賀の祖父母に会いに行くことに。そこで、祖母から攻撃を受けると祖父は私をかばい、その後父を説得する為、一緒に新幹線に乗ってくれました。そこで何があり、何を言われたのか、ネネちゃんにだけはその当時やんわり伝えていて。案の定、彼女は凍り付いていました。「これ以上、両親のことでSちんは傷ついたらだめだよ。みんなが敵に見えても全然おかしくない。でも、おじいちゃんがそばにいてくれて良かった。ラスト佐賀だね。」絞り出すような、怒りを抑えるような、言葉を沢山選んでくれていることを感じた日。それから何十年も経ち、祖母の訃報を知り、姉と羽田空港で集合。会った時、ネネちゃんの表情が読み取れてしまい、それだけで泣きそうになりました。あの時が、Sちんにとってラスト佐賀だった、もう一度行くのはとても辛いことだと知ってるよ。私に話してくれた内容も、全部ではないことも。両親は全然分かっていないし、ましてお母さんと距離を取っている状態。それでもおばあちゃんに会いに行くっていうSちん。私ね、Sのそういう所ずっと見てきた。今日という日を越えたら、本気で幸せになりな。もう苦しいのは最後にしよう。姉だから、気づいてくれるものがあるのだと思いました。会ってすぐに、トイレに行ったのは沢山の気持ちが溢れそうだったから。言葉にならない想いがあること、彼女は知っていたから。
帰りの途は、飛行機ではなく新幹線。ルートが違ったのはきっと大正解でした。もう同じ道は行かない、そう自分に宣言できたようでもあって。途中で停車した名古屋駅、ずっと大事にしている出来事が次から次へとこみ上げて。その中にはきっと、夏服を着てみんなと市内を歩いた中学生の自分もいたね。終点はどこだろう、そしていつだろう。隣に誰もいなくても、沢山の思い出と共に逝く、そんな未来も素敵。