一歩目

夕方の宿題の時間、いつものように算数が不安そうだったので、隣に座りました。内容は『割合』の問題。あまり得意ではないんだよなと思いつつ、意外とスムーズに二人で解けたので、正直に伝えることに。「お母さんね、実はこの内容、小学校で学んでいないの。」「え~、なんで?」「岐阜にいた小学校がゆっくり目にやっていて、愛知の学校に戻ってきた時、もうこの割合の問題が終わってしまっていたから、このあたりが抜け落ちていたんだよ。今Rと学べて良かった。転校生あるあるなんだけどね。」「へえ、どうして転校したの?!」「おじいちゃんが銀行で働いていて、岐阜にある支店に異動になったんだけど、3年後に愛知の銀行に戻ることになったの。」隣ででしみじみ聞いてくれる息子の様子を見て、その当時のことが懐かしくなりました。赤いランドセルを背負い、長い通学路を歩いた時間。大きな川が流れる音、そして山の匂いがしました。その頃からきっと、自分と対話をしてきたんだろうな。そんな感慨にふけっていると、音読の宿題へ。息子がふざけて鼻をつまみながら教科書を読み始めると、黒柳徹子さんの声に聞こえ、すっかりツボにはまってしまい、二人で笑い転げてしまったので全然内容が入ってきませんでした。余韻を返してくれ!と思いながらも、こんな賑やかな夕方いいね。

その日の昼間は、パソコンを広げて自宅で作業をしていたものの、ちょっとフリーズしてしまいそうな辛さがあったので、思い切って閉じ、動作を止めないように勢いで近くのカフェへ行ってきました。強い倦怠感は常にあり、睡眠を9時間取ってようやく体が動く状態。そんな自分の今と付き合っていこうと思い、気持ちを落ち着かせようと店内へ。すると、ゆっくり凪いでいき安堵。ケーキを注文し、いつものほうじ茶を運んでもらうと、女性店員さんが気を利かせてティーポットで用意してくれるので、その気遣いに泣きそうになりました。どうやら、たまに登場することを覚えてくれていたよう。ありがとうの気持ちをありがとう。そして、店内から流れてきたのは『The Rose』(Bette Midler)、タイミングがいいんだか悪いんだか、どこかで張り詰めていたものがゆっくり溶けていくようで溢れそうでした。そのカフェは、引っ越しもひと段落してほっとして入った場所でした。男性店長さんが、たまたま余っていた店内にあった大根を良かったらどうぞとプレゼントしてくれて。びっくりしたのと嬉しかったのとで、自転車の前かごに大根一本を入れて、喜んで帰った日を辿りました。今日は、新戸籍ができた日。離婚調停が終わり、裁判所から弁護士の先生を通して調書が届いた一年前、息子を迎えに行った後、郵便で届いた書類を持ち、市役所へ向かいました。いろんな確認作業で思いのほか時間がかかってしまい、しんと静かになった夕方の市役所で沢山の気持ちが巡った日。あまりにも大きな一歩でした。
元夫のことはもう書かない方がいいと思っているものの、ひとつだけ。別居の3週間ほど前、息子と三人で大きな神社に参拝へ行きました。もう別れることは決まっていたのだけど、本当に天気のいい日で、出会った頃と似たような和やかな雰囲気で接することに。それが、彼に対するラストメッセージでした。嫌いになって別れを選ぶわけではないのだと。ただ、あまりにも辛いことが重なった、それでもあなたのこれからの道を応援してると心の中で伝えた時間でした。きっと私は、彼の気に入るいい妻ではなかったと思います。それでも、一年経った今も、出会えたことも別れたことも後悔はなく、幸せだと思える瞬間もありました。独り善がりかもしれない、それでも元夫が本当にどこかのタイミングでラストメッセージに気づいてくれたらいいなと、そこからまた歩き出してくれたらいいなと思っています。

息子が生まれた日、超難産で沢山のスタッフさん達に囲まれ、元気よくこの世に誕生してくれました。分娩台の上で、涙が溢れ、小さなベッドに寝かされた息子は、体重測定が待っている中で助産師さん達におしっこを引っかけ、そこにいたみんなが大笑い。「測ったらちょうど3100グラム。平均値ぴったりで、測定前に自分で調整したのかも!」と助産師さん達も大盛り上がり。随分すっきりした息子はちょっとご満悦で、私のいる気配を感じたのか、こちらを向いてくれました。愛に包まれた世界へようこそ。いい事ばかりじゃない、でもね、沢山のキラキラを探しに行こうよ。生まれた途端、助産師さん達を笑顔にした息子、その瞬間は奥底で覚えていることでしょう。
『そして、一人になった。』いつかこの一文を書く時は来るだろうか。その時、どれだけの人達の顔が浮かぶだろう。その多さと優しさでまた歩き出せる。