気づきをもらう毎日

怒涛の夏休みがやってきて、息子の宿題に一緒に取り組んでいました。なかなか学力が追い付かず、悩みは本当に尽きなくて。そんな中、美術の内容で、パブリックアートをいくつも描くプリントがあり、これまで旅行に出向いた地域を二人で思い出しました。旭川、仙台、大阪、埼玉、名古屋、東京、神奈川、静岡などなど。街に溶け込んでいるので、何気なく通過してしまっていたのだけど、調べると沢山出てきて、いろんな思い出を辿りました。旅行の本を引っ張り出してくると、挟んであったのは息子の初フライトのチケットでした。辛いことはこの雲の下にある、そう思えた時間に助けられたなと懐かしくなって。レンタサイクルをして、旭川の街を一緒に駆け抜けた日。いろんな所に彫刻があるねと楽しんでいたら、様々なことをまた越えられそうな気がしました。息子が頼れるのは私だけ、がんじがらめに考えるのではなく、その生活を楽しめたなら。奥にある気持ちをそっとしまい、旭川空港を離陸しました。テイクオフ、ふわっと軽くなる瞬間、未来へと向かう空の旅、心地よく寝落ちした機内が優しさに包まれていて。大丈夫、まだまだこれから。思い出すだけで、溢れそうになる。

この間、ふと息子が気に入っている薄い羽毛布団の洗濯が気になり、考えてみました。カバーだけ外せないタイプのものだったので、洗濯機が壊れた時に利用したコインランドリーで綺麗にしてくるかと。本人が不在の時に、袋に詰め、洗剤と小銭を持って自転車で向かいました。久しぶりに来たので段取りを忘れたなと思い、店内で説明を読んでいると、背後から50代の男性の声が。「ドラム洗浄ができますよ。このボタンです。」そう言われたので、お礼を伝え、ドアを開けたままボタンを押したものの反応せず。それを見て、その男性は中に入れてしまった羽毛布団を取り出し、ドアを閉めて再度ボタンを押してくれました。「これで、ドラム洗浄をしてくれますよ。」お世辞にも愛想のいい方ではない、でもね、醸し出す雰囲気が驚く程柔らかくて、背景までふんわりされていて嬉しくなりました。そうか、私はこうやっていろんな方から優しさとは何か教えてもらってきたんだなと。初対面だからとか関係ない、その時自分ができることをできる範囲で届ける、先に学ばせてもらったから実践できるようになった。親や家族が全てじゃない、そう思えたことは大きかったのかもしれないなと改めて思いました。もう一度お礼を伝え、洗剤は必要ないですか?と質問すると、いらないよ~と返事をしてくれて。その後、その男性の洗濯が終わり、帰ろうとする姿が見えたので、スマホから顔を上げもう一度「ありがとうございました。」と伝えると、少し微笑みながら小さく会釈をしてくれました。素敵に年を重ねてこられた方なんだろうな、心が通うってやっぱりいいね。

その後、ぐるぐる回る羽毛布団を見ながら、右回りなのに私の頭は左回転も始めて、大学時代のことを思い出しました。実家が一番どろどろだったのは2年生の時で、その頃がちょうど教職課程が始まった時期だったんだよなと。人格形成とか健全な心の育成とか、そんなワードが沢山出てくる度に、うちの家庭環境で健全とか無理だなと笑うしかなくて。どうやって多感な10代を自分と向き合ってきた?講義を受ける度に、自問自答しました。いつもどこかで思いっきり俯瞰して見る習慣があり、その視点が助けてくれたところもあったなと。母はどうしても悲劇のヒロインのようになって負の感情を爆発させてくるのだけど、本当にそうなのだろうか。父は養子に入り、不幸になったのだろうか。いや違うよね、どこかで何かを見落としている。いいことに目を向けたら、もっと違う世界が広がるのだけど、彼らの狭い視点の中にいるから不満ばかりが溜まってしまうのか?両親は10代の頃、何を思っていたのだろうなとそれぞれ置かれた立場の中で思考は止まることはありませんでした。なんでこのタイミングでそんな言動になる?その理由が多少なりとも見えていた、教職課程が私自身を守ってくれていた、そんな気もしています。成績が少しでも落ちれば、母は容赦なく人格を否定するようなことを言ってきたのだけど、それでは母がその成績を取れていたかというとそうじゃなくて、そういう人の言うことを真に受けて引きずるのもばかばかしいなと。二言目には、お姉ちゃんだったらどうのこうのと言ってくるのだけど、だったらもうよく分からない領域まで突き進んでやる!そこまで行ったら比較しようがないでしょうよと、そんなことまでもが原動力になっていて、結果的に良かったのかもしれないなと今になっては笑い話です。悲しかったのではなくて悔しかった、この気持ちで正解だったのかなと。司書の資格が取れた時、ネネちゃんが言ってくれました。「どこか小さな島とか、図書館がないような地域もあるような気がするんだ。Sちんが作ればいいじゃん。そんな大きいものじゃなくて、小さなコミュニティができたら十分だよね。そうしたら、教員免許も一緒に活きてくるかもしれないよ。Sちんの元には自然に人が集まる、そんな気がするよ。それってSだからできることでしょ。」私にだからできること・・・その言葉が嬉しかった、とっても。両親はグダグダでも、姉は私そのものを見てくれていたんだなと。司書の一人じゃないよ、one of themじゃなくて、only one、妹の良さが爆発する場所がきっとある。Sちんが小さくても集めてきたものがあるの、もっと自分のことだけ考えてもいいのにって思うこと沢山あった。でも、Sは苦労してもずっとそのままなの。そんな妹にね、助けられる人はこの先もいる。私にはそんな未来が見えるよ。そう伝えてくれたのは、まだ20代前半の時。姉が伝えてくれた言葉は、私のお守りにもなった。だから、息子にも同じ気持ちを伝えられる。小さな島ではなく、インターネットという世界のほんの小さな場所で、コミュニティを作ってもらった。そこに来てくれる方達に支えられ、今の自分がいる。一緒に笑っていられたら幸せだ。