友達として

久しぶりに、前に通っていたシェアオフィスで仲良くなった、不動産関係のお仕事をされていたHさんに連絡をしてみました。こちらに余裕ができることを待っていた彼は、喜んでくれて、マックで会うことに。「お元気そうですね!」第一声の言葉を聞き、何も変わらない気遣いに嬉しくなりました。笑顔で挨拶し、いつもの穏やかな時間が待っていて。間隔がどれだけ空いても、変わらない心地良さにほっこり。息子の勉強に悪戦苦闘している話を、ゆっくり聞いてくれました。「姉妹で育っているし、男の子の心理とかよく分からなくて、毎日驚きの連続です!」そう話すと、爆笑してくれて。「相変わらず神宮には一緒に行っているんですか?」「はい。年に三回はライトスタンドに行っています。」「内野席じゃないんですね。ガチ勢ですね。攻撃中はずっと立っているんですか?」はいと頷くとさらに笑ってくれました。こちらから見えない所で、きっと大変な思いをされているんでしょう。でも、反抗期中でもお母さんと神宮に行くR君は、そんな時間をとても嬉しく思っているんじゃないですか。それって何ものにも代えられない大切なことだと思いますよ。行間から滲み出る彼の想いが流れ込み、ふわっと上がれたようでした。醸し出す雰囲気は出会った頃のまま。そして、近況を伝えてくれました。「実は、11月に千代田区にある税理士事務所へ異動が決まったんです。」え~!と驚いたものの、そんなことで切れるご縁でもないなと思って。「きっと栄転ですね!おめでとうございます。」「近くに来た時は連絡くださいね。引っ越すんですけど、実家はこっちだし。」なんだかいろんな思いがこみ上げそうになりました。少し前、お父様がご逝去されたことを伝えてくれたHさん、気持ちが揺れていない彼の強さを感じて。でもね、本当は辛いって言ってもいいんだよ、心の中で伝えました。話すようになったのは、コロナ禍の緊急事態宣言真っ只中の時。ビジターの方の受け入れをストップし、会員の方だけ入館できるシェアオフィスはがら空きでした。一人でいた私に陽気に声をかけてくれたのは、オフィス内が二人だけだったから。そこから、お互いいろんなことがあったね、でも関係は何一つ変わらなかった。AIの話になり、「○○さんがいつも仕事のメッセージでやりとりしているプログラマーのMさん、実はMさんじゃないかもですよ!」と言われ、大爆笑。「一体私は誰と話しているんですか?」「ははっ。人にしかできないことが、最後には残っていくのかもしれませんね。」彼の言葉は、とても深い。また近況報告カフェを約束し、笑って別れました。新天地でもあなたはあなたでいて。

日曜日、曇り空の日、息子が自宅でのんびりしたいようだったので、住職さんの所へ一人で行こうと思いつきました。借りていた本をポストに入れさせてもらいますとショートメールを送ると、返信が。『次の原稿出来てますから、下駄箱に置いておきます。』と。来月の予定が、前倒しで用意してくれている模様。本当に有難いなと思いながら、出向くことにしました。いつものようにお賽銭を入れ、鐘を鳴らして手を合わせていると、「○○さ~ん!」と斜め前から住職さんの明るい声が。こんなに親しみを込めて呼ばれたら、やはり旧姓には戻せないなと改めて思いました。「こんにちは。お忙しい中ありがとうございます。」「前回どこまで渡したっけ?」と前の原稿も念の為用意をしてもらっていて、本当に丁寧な方なのだと感服。次の原稿を受け取ると、少し照れながら伝えてくれました。「まあ、ちょっと読んでみて。」何十年も前に書いた記録なんだよ、それをこんな風に楽しみにしてくれる人に、この歳になって出会えるなんてね。表情が、声色がそう言ってくれていました。「ゆっくり読ませて頂きます。ところで、パソコンから打ってらっしゃるのは住職さんですか?」「うん。パソコンというより、インターネットには繋がっていないからワープロなんだけど。その機械が壊れたら直してくれる人がいるんだ。」なんだかいろんな意味ですごいなと。ご高齢でワープロを操作されるご住職さんもだけど、困った時に駆けつけてくれる方がいつもそばにいる、そうやって沢山渡してきたからこそなのだと思いました。巡り巡っている。「頂いた原稿は大切に保管させて頂きます。」そう伝え、借りていた本といつもの五穀米を渡すと、「そんなに気を遣わなくていいのに~。」とまた笑ってくれました。一枚の原稿には、紙とインク代、電気代、何より住職さんの労力と、心のエネルギーが注ぎ込まれている。その価値を私なりに知っています、だからありがとうを形にしたくて。そんな気持ちを感じ取ってくださる方なのも分かっていて、そこまで多くの言葉はいらないのかもしれないと思いました。本の中で一緒に歩かせてもらっています、お礼の挨拶の中にそんな想いを込めて、笑ってお別れ。もやが今日も晴れていく。

そんな帰り道、自転車を漕いでいたら、ああ!と急に幼少の記憶が鮮明に蘇ってきました。乳がんを患い、入退院を繰り返していた祖母。体の調子がいい日は、孫の私とお散歩へ行くのが日課でした。その途中、おばあちゃんが時々立ち止まっていたのは、ほんの小さなお墓でした。ひっそりとそこにあるような、人気のない場所で、一緒に手を合わせた時間。いつか自分もそっちの世界へ行く、余命半年と言われてから何年も経ち、仮退院で孫と外の空気を吸うことができた。今日という日に感謝して日々を送っていた、感受性の強い孫に幸せは目の前にあるよと伝えたかったのかもしれないな。「Sちゃん、空が綺麗だね。あの雲、何に見える?」「わた菓子?」そんな返事に笑った祖母。病院の四角い窓から見えた景色じゃなくて、孫と手を繋いで見上げた空、格別だな、おばあちゃんの心の声が47歳の私に届いた。幼稚園は、年中から入園。祖母の介護で常にいっぱいいっぱいだった母は、年少からの入園準備が間に合わなかったのだろうと。その1年を祖母と過ごした、その時間の価値を思い知る。住職さんに出会わなければ、お墓の前でそっと手を合わせた祖母とのひとときを思い出すことはありませんでした。自分に優しくできたから開かれた扉があった?辛いことと一緒に封印していた記憶が、まだまだありそうだ。どこかに本当の意味での宝物が、眠っているのかもしれない。