そこにいること

息子の中学の体育祭がやってきました。連日頭痛が悪化し、見に行けるかなと不安が過って。そして、何気なく本人に聞いてみました。「明日の体育祭、朝からは難しいかもしれないんだけど、どの競技を見てほしいとかある?」「できれば、一番最初のリレーを見てほしい。結構盛り上がるんだ。」そう言われ、自分の代わりはいないのだと改めて思いました。何があっても行くよ、どうかこれ以上痛みが強く出ませんようにと祈りながら就寝。そんな日に限ってなおさら寝付けないんだよなと思いながら、睡眠不足の中で起きました。お弁当の準備をし、お昼には帰るねと伝え、ハイタッチ。「後でね!」青空の下、グラウンドで会おう。ドアは閉じられ、別の世界へ。

その後、効きそうな薬を期待半分で飲み、ぐっとギアを上げて外へ出ました。空は、どんよりとした曇り、気持ちが滅入らないように自転車を走らせ、広報委員だった友達と現地で待ち合わせ。彼女に会うと、レースのカーテンで包まれるような安心感があるのが不思議だなと思いながら、わいわいグラウンドを歩き出しました。リレーに間に合い、見逃してしまわないように緊張感が走って。息子のスマホを持ち、録画を始めました。お母さん、ちゃんと見ていたよ、その証拠を残そうと思っていて。画面の中で、一生懸命に走る彼を見て、成長ってあっという間だなと痛感しました。幼稚園の運動会も同じグラウンド、鼓笛隊で可愛らしく歩いていた姿が過っていく。高校生になったらまた何を思うだろうね、そんなことを思っていたらあっという間に次の人にバトンは渡され、みんなの中に紛れていきました。光を浴びるこんな一瞬をやっぱり見逃さないでいたいなと。リレー競技は無事に終わり、次の種目まで端のベンチで友達と会話をすることに。「私が中学の時、ムカデ競走があって、練習で骨折する子もいたから大変だった~。もうみんな傷だらけ。」と面白おかしく話してくれるので一緒に笑ってしまって。そういえば岐阜にいた頃、姉が中学の時、体育祭を見に行くと男子が棒倒しをやっていて、ものすごい体を張るので圧倒されたことがありました。中学生って大人の途中なんだなと。いろんなことを懐かしく思っていると、玉入れや大縄があり、人口密度が高すぎて息子を見つけられなかったのだけど、楽しそうな雰囲気をこちらも満喫することに。そして、午前の部が終わりました。友達が気を利かせ、近くの施設で軽く食べてから戻ってこようかと提案してくれたので、それなら乗り切れそうだと思い、パンを買ってガールズトークで大盛り上がり。その後、午後の部になり、応援合戦が始まる前にグラウンドで息子と目が合いました。「ママ、午後も残ってくれていたの?」そんな表情をしていて。「ダンスだけ見てから帰るよ。」糸電話は今日も繋がっていたよう。向こうから手を振ってきて、それに応えるとはにかんでくれました。反抗期でも、彼のピュアな部分はそのままなんだなと微笑みたくなって。そして、色分けの縦割りで、先輩達と踊る前にまた動画を撮り始めました。また紛れて全然見えなくなってしまったのだけど、確実にこの中にいるのは分かっていて、記録を残しておこうと。すると、自分の中学3年の体育祭が音楽と共に思い出されました。3つの色に分かれた中で、副ブロック長に選ばれ、せっかくなので引き受けることに。すると、同じ色の応援団が、どんなダンスを取り入れたらいいか相談に来てくれました。その時、私の中でユーロビートのブームが来ていて、よく聴いていたので、CDを持ってくるから良ければ検討してほしいとなんとなく伝えると、メンバーが気に入りあっさり曲が決まって。そして、少し振付を考えてほしいと言われ、これまた適当にその場のノリで踊ってみると、それいいね~と言われ解散。本当にこんなでいいのか?!と思ったものの、副ブロック長の役割も忙しかったのでそのままに。それから、応援団の練習は上手くいっているか進行状況を聞いてみると、当日のお楽しみにしてね!と逆に何も教えてくれなくなりました。そして本番、借りもの競走に出て、くじを引くと、ブロック長の靴下と出たのでマジか!と思いながら慌てて本人の元に激走。「何が必要だ?」と聞いてくれたので、「○○の靴下!」と息を切らしながら伝えると、慌てて脱いで渡してくれました。受け取り全力疾走で戻り、上位に滑り込んで。そして、借りた靴下と共に戻り、お礼を言いながらブロック長とハイタッチ。「絶対俺達勝とうな!」と結束を誓いました。その後、応援団のダンスが始まって。「Sちゃんが意見を出してくれたから、真ん中で見て。」とメンバーに言われたので、テントの近くで見守ることに。すると、お気に入りのユーロビートの曲が流れ、白と青の旗をリズムと共に交互に使い、空に掲げるその応援に泣きそうになりました。そして、サビになるとみんなが旗を置き、こちらが適当に踊ったダンスを取り入れてくれていて。ここで使ってくれたのかと感無量でした。応援のパフォーマンスは大成功、拍手に包まれ、私達の中学生最後の体育祭は終わりました。総合結果は確か2位、後輩達とみんなで輪になり腕を組み、叫び、健闘を称え合ったその時間を息子のダンスで思い出すなんてね。白と青色のポンポンが、音楽が、青春の香りが、忘れていた記憶を連れてきてくれた。天候不良で、予行練習も中断した中で、元気をもらえる笑顔溢れるダンスを見て拍手が起こり、母親としての自分が戻ってきました。1日1日が宝石なのかもしれない。大変だけど、光るものがあって、その連続。

余韻の中で、友達とゆっくり帰り、駐輪場に着く途中でふと伝えてくれました。実は、自分自身が小学校の時悲しいことがあったのだと。随分前に話してくれた時は、中学時代の話でした。分割して伝えてくれたのはきっと理由が二つ。話すことにとても勇気が必要だったということ、そして、こちらに負担をかけないように配慮して敢えて分割してくれたのではないかと。今なら話せる、彼女の中で自然とゴーサインが出て、ずっと抱えていた気持ちを話してくれたのが分かりました。なんかね、その勇気にぐっときて。私が、卵巣を摘出し、離婚し、その他諸々あったことをようやく話せる時が来た時、彼女は伝えてくれました。そこまでのことを話してくれてありがとう、そういう友人として思ってくれてありがとうと。その時、何とも言えない深さを感じていたのだけど、そういうことだったのかと。彼女もまた人知れず抱えてきたものがあったんだな。「お母さんが味方でいてくれて、それでなんとかなったの。」友達の愛は、ここから来たのかとほっこりしてみる。あなたと話していると育ててくれたお母さんの想いも感じるよ、そんなあたたかい気持ちでお別れ。
「ただいま!ママ、午後も残ってくれていたんだね!」「ダンス良かったよ~。ちゃんとRのスマホで録画した!」と約束通りに証拠を見せると喜んでくれて。私の小さなキラキラがここにある。