好ゲームにできるか

中学校の持ち物も、新しく持って行く物が増え、寝る前になって急に息子が伝えてきました。「今度の授業で4本の線が入った英語のノートがいるんだよ。」と。「学校から帰ってきてすぐに伝えてくれたら嬉しいよ。明日はたまたま週末で良かったけど。」「うん。10段の英語のノートだって。」これは本人に買いに行かせたら間違える可能性があると思い、翌日買いに行くことにしました。すると13段しか見つからず、別のお店へ行くことに。これで5本線を買って行ったら音楽じゃん!と突っ込まれることは分かっていたので、おとなしく英語のノートを捜索。10段あった~と喜び、安心して買ってきました。卒業式で、先輩ママでもある幼なじみのD君のお母さんに、ジャージは2着必要かを聞いてみると笑いながら返答が。「男の子って、不思議な所に穴を開けてくるから替えもあった方がいいよ!」と。その言葉を聞き一緒に笑ってしまって。本当に、靴もなんでそんな所に穴が開く?!という箇所に開けてくるんだよな。足の甲辺り、サッカーか??そして、D君のお母さんは幼稚園時代も名言を残してくれていました。「男の子同士の待ち合わせって、待ち合わせになっていないんだよ~。」幼稚園の園庭で笑い転げた頃が懐かしく、もう6年経ったんだなとしみじみ思いました。「小学校生活も早かったと思うけど、中学校の3年間は本当にあっという間だよ。」卒業式の体育館でそう言われ、胸が熱くなった時間。どんな瞬間も見逃すものか。

そして始まった中学校生活も数日が経ち、息子が仮入部届を持って帰ってきました。「どの部活に入るか決めた?」「うん。まだ迷っているけど陸上部。」グッチョイ!と思いながら、心の中で万歳三唱。それでも冷静に伝えました。「小学校のクラブでも頑張っていたから、その延長で続けられたらいいね。でも、本当に何か違うと思った時は、変更もできるからまずは部活の雰囲気を楽しんでみてね。」こちらの希望を押し付けてしまわないように、息子の選択をどんな時も応援できるようにと自分に言い聞かせ、穏やかに話を進めました。その後、具体的な内容を見せてくれたので、目を通すと、練習場所が校庭や陸上競技場だということが分かり、感情がもろに出てしまって。「え~!陸上競技場でも練習することあるの!お母さんも混ざりたい!さすがにそれは無理だけど、練習見に行きたい!!」せっかく落ち着いて話していたのに、最後の最後で思いっきり本音が出てしまい、息子も一緒に笑ってくれました。勝手な解釈で、迷惑そうでもなかったので、こっそり行ってしまおうかと計画を練ることに。記録が伸びない時も、故障してしまった時も、自分の弱さを痛感した時も、そばにいるよ。その辛さを知っているから。太陽の光をいっぱい浴びて、駆け抜ける息子を想像した時、私もまた頑張れそうでした。あの時の悔しさを思い出すんだ。
中学に入って間もなく、テニス部に入部し、それぞれの部活から希望の生徒は陸上部の兼任を許可されました。元々小学校も一緒だったソフトボール部のエースと相談し、一緒に陸上部へ。雨の日は、バレー部が半分場所を貸してくれて、ひたすらもも上げの練習が待っていました。二人一組になり、ストレッチをする時もいつも彼女はそばにいて、切磋琢磨する関係で。3年生の春の大会では、走り幅跳びで友達だけが勝ち上がり、自分は情けない成績で大泣き、顔を上げて応援することができなかったことをどこかで悔やんでいました。だからなのかな、陸上部が一旦解散になり、それぞれの部活に戻った後も、練習終わりにクラブハウスの前で彼女達の投球を見ることが日課になり、その時間が好きでした。ある日、いつもよりクラブハウスの端に寄って帰りを待っていた私に、正捕手でもある友達が声をかけてくれて。「なんで今日はこんな端にいるの?もっと近くで待っていればいいじゃん!」「最近、ソフトボール部の後輩達も私に挨拶してくれるようになって、気を遣わせちゃうから。」「なんだかSらしいな。」そう言って笑ってくれました。そんな二人と一緒に帰った夕日は、いつも綺麗で。両サイドから土の匂いがしたんだ。そしてエースの友達は、いつも期待され成績も優秀、絵に描いたような優等生で、それでも彼女は時に非常勤の音楽の先生にだけ反抗をしました。周りは分からないぐらいの小さなもの、でも、選択音楽の授業を一緒に受けていた私のセンサーは反応していて。音楽の先生はとても若く、実は傷ついていて、テニス部の顧問でもいてくれたので、和めばいいなと願いなんでもない話をして二人で盛り上がっていました。そんな中、やっぱり話しておいた方がいいと思ったのか、担任でもあり陸上部の顧問でもあった先生の耳に入り、部活中に彼女は呼び出され、その先生と横並びで座ったのが分かりました。それでも、二人の間には大きな間隔があって。走り幅跳びの練習中、砂場からグラウンドの一番隅にいた二人が視界に入り、アップをしながらそっと見守りました。先生が落ち着いて何やら話すと、彼女がそっと涙を拭っているのが分かって。どちらの苦しさも流れ込んできました。みんなに期待されて頑張っているのは分かる、プレッシャーもあるだろう、でもそれを反抗しやすい音楽の先生にぶつけるのは違うだろう。友達の気持ちも汲んだ上で、先生はそう伝えたのではないか、だから彼女の心に届いた、それは二人にとって辛い時間でもあったと思うのだけど、なんだか人と人が深い所で繋がるひとときを感じさせてもらったようで、遠くから私も泣きそうになりました。その教員は、3年間社会科を担当してくれた先生、私も時々叱られた訳で、その愛は今でも沁みついています。その後、砂場に戻ってきた友達、そっとしておいた方がいいと思い、でもこんな時はいつも通りがいいのかなとも思って、同じ距離で同じ温度でいました。何が正解だったか分からない、でもそばにいられて良かったなと。学業も部活も、中途半端な成績しか残せなかったけど、きっと大切なことを学んでいた。

土砂降りの雨の日、息子は何でもないことでぐずり、まともにご飯も食べようとせず、また大変な時間がやってきました。中学校が始まり、反動は想定内なのだけど、今日はお母さんも心身ともに大分きついんだよなと思い、余計なことまで言ってしまって軽く反省中。そんな中、友達から連絡が入り、遊ぶ約束をしたということで雨の心配もあったものの行かせることにしました。いろんなことを自分で選んでいく、その中に失敗があったとしてもそれも学びなのかなと。息子が感情を爆発させるのは、私の前だけ。彼が気持ちのコントロールをうまくできるようになるのが先か、こちらの器をもう少し広げるのが先か。まだまだ攻防は続きそうだなと思うと笑えてきました。時に負けてもいい、でもいい試合だったと最後は言えるように。簡単じゃないぞ、簡単じゃないけど、一日の最後はいいことを見つけて微笑んで寝よう、できるかな、締めに入ろうとしたら最近見た夢を思い出して。前のマンションにいた映像の中で息子が、私の為に小さなワンルームを借りてくれていました。朝起きると、夢だったのかと思うと同時に、その気持ちにどっと泣きそうになって。彼は、私の奥底にあった苦しさに気づいてくれていたのかもしれないなと。喧嘩する程仲がいい、息子とは実現できそうな気がする、お互いを思うからこそ。