慣れたことにほっこり

寒い日が続いているここ最近、朝になり息子を送り出した後、無性に朝マックのマックグリドルが食べたくなり、家事をこなした後に自転車を走らせお店へ向かいました。すると、ゆったりとした店内で、急に時間がゆっくり流れだしたよう。それでも、やることが盛り沢山だったので一つだけテイクアウトをし、自宅へ戻りました。紅茶を淹れ、ひと口食べると、まだ一人暮らしをしていた20代の頃を思い出して。近くにマックがあり、できるだけ自炊をしようと思いながらも、マックグリドルにはまった時期があり、週末の朝に時々テイクアウトをしていました。そのささやかな幸福感にいつも満たされていて。一人暮らしだけど、社会とこんな風に繋がっているんだよねと店員さんとのなんでもないやりとりを思い出し、また週明けから頑張ろうと思った若かりし頃の自分が懐かしくなりました。本当にいろんなことがあったね、一生分のヒストリー、書ききれるだろうか。昨日のことはもう歴史の一部だ。

受験シーズンになり、随分前の出来事が自然に思い出されました。それは、まだ中学3年生だった時、実家で様々な気持ちを抱えながら、自分のお金を握りしめて冬期講習へ向かった日のこと。そこでなんとなく仲良くなった友達と話していると、一人の女の子にSちゃん!と声をかけられました。目が合い、一瞬の間があった後、ああ!とこちらも驚いて。彼女は、小学校6年生の時に中学受験をしたクラスメイトで、そこまで仲良くはなかったものの、何度か話したことはある関係でした。きっとそれは友達と呼べるものではなかったのだけど、久しぶりの再会にとても喜んでくれて、こちらも嬉しくなって。「あれ?○○はもう受験ないよね?」「うん。でも冬期講習だけは受けに来ようと思って。Sちゃんはこれから受験だよね?どこ受けるの?」「公立高校が第一志望なんだけど、滑り止めで私立の○○と○○を受けようと思っていて。」「え~!そこの高校、私も中学受験の時に選択肢にあったんだよ。Sちゃん、すごいよ。」「いやいや、何もすごくないよ。まだ受かるか分からないし。」そんな話でわいわい。彼女は、中学受験をした中で志望校に落ち、本命ではない中学に入ったことをなんとなく知っていました。校名を誰にも明かさず、不本意な気持ちで卒業式を迎えていたのは感じていて。私自身、岐阜から愛知に戻り、算数の進み具合が全然違っていたので、さっぱり分かっていない箇所も多々あり授業はいつも苦戦。そんな姿を知っていた彼女は、こちらの志望校を聞いて驚いてくれていて。「Sちゃん、中学で頑張ったんだね。」そんな言葉をかけてくれるので、なんだか胸がいっぱいでした。小学校時代、同じ給食のグループになったことがあり、男子二人の計4人で小さな島になり昼食を食べていて。すると、一人の男子がふざけて友達に伝える始末。「○○はチビなんだから牛乳飲んで大きくなれよ!」「何よ!あんたなんか茶毛&サンカクじゃない!」とその当時人気だったチャゲ&飛鳥さんをもじり、少し茶色がかった地毛と顎ラインがシャープな彼にそんなことを言うもんだから、ツボにはまってしまい、牛乳を吐き出しそうになって。別にお互いを傷つけ合っている訳ではなく、ある意味いつものくだらない言い合いなのはみんなが分かっていたので、先生も止めに来ず、そのやりとりは笑いに包まれました。そんな時間が懐かしいと思っていると、彼女が冬期講習の最後に伝えてくれて。「私ね、女子中にいるからいつも女の子達に囲まれていて、久しぶりに男子を見てたまにはいいね。なんだかすごい刺激をもらったよ。Sちゃん、受験がんばってね!応援してる!!会えて嬉しかったよ。」その言葉にぐっときました。どうして冬期講習に来ているの?という質問にはうまく答えられなくて。短大に行っている4歳上の姉がもう一度大学受験をすることになって、もうすぐセンター試験で、母も頭がいっぱいだからここに来たの。そんな話をしたところで理解ができないし、困らせてしまうだけだろうと。でもね、自分のことは自分で信じようと思って進んだ先に、あなたに会えて嬉しかったよ。なんだかすごく励まされた。前を向くと、こんなミラクルも起こるんだね。お互いが助けられ、またそれぞれの場所で頑張ろうと誓い合った優しい別れでした。会えてよかった、この気持ちは人をもう一段強く、優しくしてくれるのかもしれない。

昨日は珍しくこちらでも雪がちらつき、忘れていた時のことがしんしんと降る情景と共に蘇ってきました。それは、元夫と別居が決まり、管理会社さんの連絡を両親宅で、一人で待っている時のことでした。母は息子を連れて出かけてくれていて、私はパソコンを開き、それはもう自分を保つので精一杯の状態で。術後のホルモン治療を一旦お休みし、揺り戻しのような辛さに襲われ、吐き気は治まらず。食欲は全く湧かず、こんな体で息子を育てていけるだろうか、不安に押し潰されそうな中、それでもいろんな局面をこれまでも乗り切ってきたと奮い立たせました。何とかなる、何とかしてみせる、ゆっくり息を吐き、雪景色を見て沢山の想いがこみ上げた日。その時のことを思うと、マックグリドルを喜んで買いに行っている自分に、大きな山を越えてきたねと笑って伝えたくなりました。あと何回泣いたら、あと何回笑ったら、あと何回落ち込み、あと何回越えたら、さらに穏やかな湖に辿り着くのかな。平坦じゃないから、より深く感じられるものがあって、そんな日々を抱きしめたくて。社会のほんの一部だけど、小さくても根を張って咲こう。その放つ光に、誰かが気づいてくれるかもしれない。