良さを残していくということ

わが家の掃除機が壊れてしまい、家電量販店に修理を出しに行くと、時間がかかりそうだということで替えの掃除機を借りてきました。自宅に帰り、息子の前で使い始めると大爆笑。「ママ、その掃除機、随分前に使っていたものと似ているよね。ボクがまだ小さかった頃、くみちゃんを乗せていた気がするよ。コードもあってやたらとでかい!」そう、その掃除機は昭和感の漂う旧式タイプでゴロゴロ転がしながら使ったものの、コードレスの便利さがどれだけ有り難いか痛感しました。あ~もう~と言いながらコンセントを抜き、また別の部屋へ。重たい本体を抱え、名古屋の実家の二階へ運んだことがなんだか懐かしくもあって。息子に昭和の良さを聞かれ、熱く語ったこともあったのだけど、家電に関しては今の方が断然便利だなと笑ってしまいました。その時、大学図書館時代の光景が蘇ってきて。カタンカタンというブックトラックの音と共に、図書館事務室のドアを開け、いつもの穏和な笑顔で入ってきてくれた製本業者さん。白のノースリーブの下着に、作業用のズボンを履いて、白いタオルを首に巻き、そのタオルで汗をぬぐいながらやってくるその業者さんの姿が好きでした。その姿はどこかで祖父と重なり、古き良き時代を体現してくれているようで、染み込んだ汗のタオルが業者さんの内側から出た人柄を象徴してくれているようで、毎回ぐっときました。「いやあ、今日も暑いですね!」そのスマイル、滲み出た汗、今日も素敵だと思った事務室内。本の匂いが今も沢山の思い出を連れてくる。

母の日になり、息子がプレゼントを渡してくれました。喜んで開けて見ると、随分高性能なハンディタイプの扇風機。これは、プログラマーのMさんとまた一緒に買いに行ってくれたなと思っていると、「実はね、ボクのもあるの!」と言って全くお揃いのがもうひとつあるので、笑ってしまって。「もうボク、早く開けたくてうずうずしていて。大阪旅行用にMさんがボクの分も買ってくれたの!」いやいや、母の日というかこどもの日になってるやないか!と思いつつ、きっと両方の意味でプレゼントしてくれたものなんだろうなと感謝が押し寄せてきました。「R、ありがとう。大事に使わせてもらうよ。」そう言うと喜んで性能を説明してくれて。その姿を見て、私は息子に何を求めているのかなとふと思いました。どんな人になってほしいのだろうと。答えはとてもシンプル。伸び伸び生きてほしい、自分らしさが見つかったならそれを存分に大切にしてほしいのだと。お母さんのことは心配いらない、野球やスポーツが恋人だし、まだまだやりたいことが沢山あって、嬉しい忙しさが常にあるから、Rは手が離れたら振り向かなくていい。自分の道を歩いてほしい、その無邪気な表情を見てそう願いました。そして、午後は友達と遊びに行くと言うので玄関まで見送り、一人になってテレビを点けると阪神対DeNA戦がやっていて、母の日ということで審判の方も選手もピンクのアイテムを身に着けてくれていました。息子が帰宅し、一緒に夕飯を食べ、ナイターでヤクルト対巨人の試合も同じようにピンクのアイテムが目に入り、なんだかちょっと泣きそうになって。息子に最近少し伝えたことがありました。隣の芝生は青いんじゃなくて、自分達の芝生を大切にしていこうよと。その言葉の意味はどこまで伝わったか分からない、それでも息子の弾ける笑い声は光を感じました。勉強を教えている時もふと思って。これは誰の為?for you、for me、いや違うなfor usなんだろうなと。この時間そのものが芝生をきっと育てている、それが分かっていれば十分なのかもしれないな。
いろんな気持ちの中で、母には焼き菓子を贈り、小料理屋のママには沢山の感謝をメッセージで送りました。簡単には弱音は吐かない、それはもう決めていて。すると、もう寝る時間だったので息子を寝かせた後、ヤクルトの勝利に終わり、サンタナ選手と長岡選手がヒーローインタビューに立ってくれました。その中でサンタナ選手が伝えてくれて。『スワローズファンもファミリーの一員なんで、この3連戦応援非常にありがとうございました。』その言葉を聞いて、わっと泣きたくなって。息子は、ヤクルトスワローズに関わる人達が好き、そのあたたかさに触れ、心地がいいから。その理由がここにあった、ファミリーだと言ってくれる方達がいるから。同じ仲間と同じユニフォームを着て応援できるその時間も空間も、息子にとって大事なひとときなのだと思いました。素敵な母の日をありがとう。

大学図書館で製本雑誌の業務を女性の上司から任された後、随分前の製本コーナーを見回っていると、センサーが働いたのか小さな間違いに気づきました。それは確か、付録を意味するsupplementの背表紙。よく見ると、スペルが一か所間違っていたのか、それに気づいた女性の上司が業者さんに言わず、修正ペンで一文字だけ塗りつぶし、油性ペンでこっそり書いたのが分かり、思わず吹き出しそうになって。本来なら、もう一度製本をし直してもらう所、でも上司は自分の中に留めきっと誰も気づかないからとその小さなミスをカバーするかのようにこっそり修正していました。それがね、深い緑の製本雑誌に白い修正ペンだったものだから、目のいい私にはくっきり気づいてしまって。でも、お二人の何とも言えない信頼関係がその秘密に隠されている気がして、このアナログの図書館の良さはどうか残っていてほしいなと今でも祈っています。私のもう一人のお母さんであった上司、あなたから仕事を教わることができて良かった。人の手、そのぬくもりを持ってこの場所へ。読んでくださる方の付録に今日もなれているだろうか。