全体を見たい

月に一度程行っている主治医の病院。元々が総合診療科の医師でもあるので、一つの言葉に対して全体を見ようとする先生の対応に毎回驚かされます。寒くなると崩れやすくなるこちらのパターンを理解してくれていることで、今回は思い切ってこれまで処方された一つの漢方を変えることに。初診から出されていたものだったので、不安もあるのですが、トライしてみることにしました。色々と調べる中で、プラセボ効果という言葉に行き着いたことがあって。信頼している医師だからこそ、薬の効果が表れたりするそう。気持ちの問題って大きいのかも。
そんな先生に、ご自身の子供の頃の話を少し振ってみると、思いがけない苦悩を話してくれて色々と考えさせられました。人には話せないこと、誰もが一つや二つあるのかもしれないな、でも、だからこそそこからの経験が何かに生かされていくのかな、そうやって生きていく人は人の心の奥に自然な形で届いてくれるのかもしれないのだと、なんとも言えない気持ちになって診察を終えました。なんかね、自分の荷物がちっぽけに思えてきて。抱えたものの大きさは人それぞれなのだけど、それを受け入れて歩いている人の姿って、どこかで滲み出るのだと考えさせられたお会計の時間。

最近読み終えた『鉄の骨』(池井戸潤著、講談社)。一冊の本を読み終えるのに何か月もかかってしまったのですが、建設業界の話を裏側から知ることができたような気がして、色んな学びがありました。大学在学中、母に、「ゼミコンがあるから今日は遅くなるよ。」と伝えると、「え?ゼネコン?」と毎回言われ、「ゼミのコンパだよ。ゼミの皆と飲み会なの。なんでいきなり建設業界の話が出てくるのよ。」と二人で笑ってしまったことが蘇ってきて。なんだかよく分からず母もゼネコンの単語を使うし、私もよく分からないまま答えていたのですが、建設業界の方がどんな思いをして日々働いているのか、一つの小説を通して感じられたような気がしました。知らない世界がとんでもなくあるのだと、本の良さを噛み締めながら男性社会をまた一つ学べたようでした。ランチタイムにふらっと歩いて目に留まった建設現場の一つの文字。『地図に残る仕事』、堪らないですね。この言葉に集約され、沢山の方達の力が集まり、一つの建物に命が吹き込まれるのだと思いました。そこには色んな人間ドラマがあって、簡単ではないのだろうけど、出来上がった時の達成感って汗を流した人にしか分からないんだろうな。

大学図書館にいた頃、総務部長の判子が必要で、書類を持って出向いたことがありました。すると、私の顔を見て最近の珍事件を話してくれて。「この間、読みかけていた本をお風呂の中に落としちゃってさ、慌ててドライヤーで乾かしたよ。」「え?それって図書館の本じゃないですよね?!」とこちらも警戒。「自分の本だよ~。なんとか読めたけど膨張してしまって困った!」と話してくれるので、二人で笑いながらわいわい盛り上がってしまいました。その部長が、時間のある時に学内を案内するよと言ってくださり、上司の許可も得て社会見学に行かせてもらうことに。すると、ゼミで使用される部屋も見せてもらい、最新式の設備が整っていて、感激してしまいました。「黒板じゃなくてホワイトボードなんですね!電子機器も使いやすいようになっていますね。」と言うと、席に座るよう促され、そこでゼミをやっている学生さん達が想像できて、嬉しそうにしている私を微笑ましく見てくれました。「図書館にいただけでは見えてこないこともある。高い学費を払って来てくれている学生さん達に、できるだけいい環境を整えることも大切なんだ。」とご自身の立場から角度を変えて、色んな話をしてくれました。私に何を届けてくれようとしていたのだろう、今でもふと思うことです。

そんな学内のイベントで、教職員対学生で綱引きをすることになり、なぜか図書館から私が借り出され、なんで私?と思いながらもジャージを着て向かうことになりました。女性の上司に頑張って!と言われながら軍手を渡され、戦闘態勢へ。体育館はすごい熱気で、他部署の方に軽くご挨拶をして、本気の戦いが始まりました。もみくちゃになりながら綱を引き、結果は教職員チームの勝ち。皆で笑いながら拍手をし、健闘を称え、本当にいい時間で泣きそうになりました。そんな姿を、いつも図書館を利用してくださる男性教授が、こちらに向かい笑顔で拍手をしてくれて。学生さん達も大盛り上がりで、年を重ねても、青春っていくらでもやり直せるんだな、人との関わりに壁がなくなったり、思いがけない楽しみ方があって、一瞬を見逃さないでいたいと思った何とも言えない楽しいひとときでした。

図書館から抜け出して、Tシャツにジャージ、軍手の自分がお腹を抱えて大学の皆と笑う。都内の某大学で。そんな自分が、過去には想像できただろうか。自分の足で歩いたから、その価値に気づくことができた。年表に表すと、たまに太字があって、赤い字になってここで○○に出会うなんて言葉も追加されていたりする。でも、そんな大きな出来事だけでなく、もっと身近にある何でもない日常を逃さないでいたい。じわっとこみ上げる想い、きっと沢山あるから。