沢山の奇跡

天気のいい日、いつものように心療内科へ向かうと、変わらない温度で優しい男の先生が迎えてくれました。最近の様子を話し、軽く談笑する中で、自分の選択は間違っていないのだと確実に一歩踏み出している実感に嬉しくなっていると先生がひと言。「医者としてなんにもしてあげられなくてごめんね。」「いえいえ。先生にとっても助けられています。」心の底から感謝の気持ちを伝えると、一緒に微笑んでくれました。1UPするのはこんな瞬間。今度会う時はもっといい表情で会えますように、そう願いながらドアを閉め、お会計を待ちました。その後、一人で思考を巡らせたかったので、いつものカフェで頭を整理していると、思いがけず店内が寒く早々と退店。帰り道に時間があったので、不動産屋さんでも覗こうかとふらっと立ち寄ると、なかなかフランクな50代の営業の方が椅子を勧めてくれました。なんだろう、居心地がいいぞ。

初対面だよね?と思いながら、とても話しやすいのでこちらの希望を伝えると検索画面を見せてもらいながら、ずっと話していて。息子の小学校が通える範囲には思った物件が見つからず、今回は諦めようとすると、逆に間取りを広げて検索をかけてもらい、予算内の物件が出てきて驚きました。理由を聞いてみると、築年数が古いからということ。よく見ると、1997年と書いてあり、確かにちょっと年月が経っているなと思ったものの色々と思い返すと、妙に親近感が湧いてきて。その年は私が高校3年で、姉が大阪に就職を決めた時、別れにぐっと寂しさを抑え、沢山のエールを送りました。年内に大学合格の切符をもらい、姉に安心してもらおうと喜んで行った大阪。ネネちゃんと私にとってとても大きな年に、このマンションは作られたのかと思うと、なんとも言えない愛着を感じ、実際に見に行きたくなりました。「中がどうなっているのか見たいんですけど、見せて頂くことは可能ですか?」「はい、大丈夫ですよ。」そう言われたものの、こちらの職業や状況を伝えると、少しだけ心配されてしまいました。フリーのライターということ、収入がまだ安定しないこと、それでも貯金はある程度あると話し、別居理由をやんわり説明するととてもよく分かってくれて。「本当に管理会社や大家さんによるんです。僕からも目一杯話してみますね。その後、○○さんのスマホに電話を入れるので、もしチャレンジできそうであれば、今日見に行かれますか?」「はい、お願いします。」そう伝え、一旦お別れ。すると、自宅に帰って間もなく電話がかかり、預貯金がしっかりあれば審査に進めそうだということで、息子の帰宅を待ち、母にも伝え三人で現地に向かいました。すると、思っていたよりも外も中も綺麗なマンションで、目の前には公園があり泣きそうになりました。離婚になっても、息子には惨めな思いをさせない、これは母親としての私の意地でした。だから、目の前に広がる公園を見た時、そこに夢がある気がして、ここまで辿り着くことができたのだと思うと感無量でした。中も広く、息子も母も気に入ったよう。「この部屋素敵ね~。」ん?さては、家出場所にするつもりか?!と思う人が約一名。それは置いておいて、ひとつだけ気になることを営業の方に伝えました。「中もとても綺麗で良かったんですけど、息子の小学校がどれだけ遠いか分からないので、これから歩いてみようと思うんです。」「そうですね。でもね、あまり近くても友達に相談しながら帰る時、すぐにお別れになっちゃいますよ。悩みを話す時はある程度の距離も必要です。そんな時間って子供にとっていい時間になったりするものです。」そう言って笑わせてくれました。また学区外、だったらとことんお母さんが付き合おうか。父も母も、総動員で息子の帰り道を待ってくれるかもしれない。水曜日休みの父は勝手に決定することにしよう。その後、「学校が遠い~。」と文句を言いながら歩く息子を母が説得。「段々慣れてくるわよ!今日はスシローに連れて行くから!」そう言って、またマグロに釣られてしまった8歳児。お母さんありがとう、心の中で呟き、その場でお別れ。徒歩20分の通学は今と変わらないけど、景色が変わると遠く感じるんだろうな。

また、不動産屋さんに戻り、申し込み。普通預金だけでなく、独身時代に入った保険も満期になっているので解約できるということも伝え、できるだけ詳細に申込書を入力し審査を待つことにしました。翌日の夕方、まだまだ落ち着かない中で電話が。どっちに転んでも受け止めようと思い、深呼吸をして取ると、営業の方が穏和に伝えてくれました。「○○さん、フリーライターで収入がまだ不安定でも預貯金があれば、審査が通りそうなんです。まだ、残高証明を見ていない段階で僕も驚いています。もしかしたら、今お住まいのマンションも、お母様のマンションも、今回の物件も同じ会社なのが良かったかもしれませんね。土日を挟むので、確認の意味で通帳の残高をコピーしてもらいたいのと、保険を解約した場合どれぐらいになるかのコピーも頂けますか?額は大きい程安心してもらえると思います。」展開が早すぎて自分自身がついていけない中で、お礼を言い、翌月曜日に持参する旨を伝え通話終了。何かが起きている、物事が大きく動くのはこんな時。その後、予定通りにコピーを持参すると、すぐに管理会社へ送信してくれました。営業の方が電話でやりとりをした後、ひと言。「とても手応えが良かったです。保険を解約した際の額が大きかったので、そちらでかなり安心してもらえたようです。近いうちに正式な連絡が入ります。」その言葉を聞いて胸がいっぱいになりました。独身時代、恋愛中の夫と少し距離を取ろうかと思っていた時に、銀行で勧められた保険でした。それから11年、満期になったお金がこんな形で自分を助けてくれることになるなんて。それは、プログラマーのMさんが死守してくれた特別なものでした。保険の契約をしたその日から、こうなるようになっていたのではないかとさえ思えてきて。営業の方に、「独身時代頑張って働いて良かったです~。」と実感を込めて言うと、一緒に笑ってくれました。辛い結婚生活でしたね、でもあなたの頑張りが先方に伝わりましたよ、そう伝えてくれているようでした。
管理会社は通ったので、後は大家さんの正式な回答を待つのみ。新しいカギは、未来の扉へ。大仙陵古墳となぜか繋がった。鍵穴に通したら、大阪に遊びに行った沢山の思い出が部屋中に広がるかもしれない。息子とたこ焼き食べなきゃ。ネネちゃん、安心で安全な場所、見つかりそうだよ。