塗り替えられない思い出

今年の旅行は、静岡の伊東へ。そこは私にとって特別な場所でした。司書教諭の試験勉強をしていた頃、姉から一本の電話が。「お父さんとお母さん、本気で困った人達だけど、私達も子供を持って、親に助けられたこともあったんだなってようやく思えるようになってね。二人で旅費を出し合って、還暦祝いでもしない?」あんなに両親に腹を立てていた姉からそんな言葉が聞けるなんて思ってもみなくて、なんだかこみ上げるものがありました。もちろんその場でOKすると、後日予約が取れたという連絡。「Sには悪いんだけど、週末試験がある直前に予約が取れた!でも、ライブラリーがあるから、教材を持ってそこで勉強すればいいよ!」親になっても、姉の無茶ぶりは変わらず。もう笑うしかなく、本当に教科書と手書きのルーズリーフを持って、電車の旅へ。

名古屋から一人で来ていた父と伊東駅で合流。すでに関東にいた母と姉、姉の子供、私と息子が電車を乗り継ぎ、父と会った時、こんな日が来るなんて夢のようで、一人でそっと泣きそうでした。旅館に着くと、要領のいい姉は早速私に勉強しに行くよう促し、息子は両親に任せ、思いがけず旅先で集中。私は本に囲まれたこの空間が好きなのだと、大切なものをインプットさせてくれた貴重な体験でした。両親がとても喜んでくれて、いい時間が過ごせてほっとしたのも束の間、とにかく試験が気になっていたのと、赤ちゃんの息子もいたのと、夫を一人にしてごめんねと思ったのと色々で、あっという間に時間が過ぎたので、改めて行きたいとずっと思っていた旅館でした。そこは、悲しい記憶ではなく、私にとっては“本当の家族”でいられた場所。だから、今度は夫と息子の三人で行こうと決めていた大切な目的地でした。

ライブラリーの場所は変わっていたものの、スタッフさんの温かさも館内の雰囲気もそのままで、あの頃の思い出全てが蘇り、来て良かったと思いました。何一つ記憶が塗り替えられることなく、自分の中で大事にしていたことに安堵したひととき。夕食の席で、接客をしてくださったスタッフさんの優しさにも胸がいっぱいで、おもてなしの気持ちが、あの頃と何も変わらないその喜びを形に残したくて、私とツーショットの写真を夫にスマホで撮ってもらいました。また会えたらいいな。

その日の夜、ゆっくり温泉に入った後、パソコンを持ってトラベルライブラリーへ。4年半前は教科書だったのに、今度はパソコン。両親や姉に甘えて勉強した資格は取得。その頃の経験がきっかけとなり、書くという道を選んだこと、そのことになんの迷いもないこと、ここまで来たのだという喜びや、一人で頑張っているようで本当はもっと自分の家族に助けられてきたのだと、パソコンの画面から顔を上げた時に、ガラス越しに写った表情を見ながら思いました。そんなことを思いつつも、寝ている息子が心配になり、慌てて閉じて部屋に戻るとスーピースーピー寝ている6歳児を発見。安心して、もう一度パソコンを開くと、温泉に入った夫が戻り、私の新しい家族がここにいるのだと実感しました。色々あった。多分これからも色々ある。嫌なことだって沢山思い出すし、投げ出したくなるようなことも、忘れたいことも、ふとした時にやってくるのだと思います。それでも、こんな優しい時間を、旅先に詰め込んでいたら、また頑張れるような気がして、また戻ってこられたらと、そんな場所に出会えたことに幸せを感じています。

4年半前、旅行から帰った翌日、『試験勉強中にありがとう』という父からのメールが。父はこんなことを言う人じゃなかった。そんなことまでもが思い出されて、堪らない旅でした。
自分へのお土産は、旅館で買った巾着袋のキーホルダー。ためるよ。お金よりももっと大切なものを。