給食当番の袋のひもが取れて、息子が持って帰ってきました。「ママ、取れたから付けて~。」「安全ピンなどでも通せるのだけど、何か気の利いたものでもないかなあ。」と捜索開始。すると、寝室に置いてあった無駄にでかい母からもらった裁縫セットの中に、自分が小学校時代から使っていたこれまたでかいソーイングセットが出てきて、息子と大笑い。「世の中もう令和だから、随分軽くてコンパクトになったんだけど、昭和はこんなに大きくて重かったんだよ。」そう言って中身を説明。すると、息子がひと言。「なんか、昭和の匂いがする~。」どんな匂いじゃ!!と思ったものの、まあ言っていることは分からないでもないなと大盛り上がり。ひもは無事に通り、思いがけないグッズでタイムスリップが待っていました。何度も思い出す岐阜へ、心の旅が今日も始まる。
小学2年生の春、すでに岐阜へ単身赴任をしていた父が慌てて名古屋に戻り、大好きだった祖母は亡くなりました。葬儀には、岐阜から父の同僚の方達もお越し頂き、銀行員としての父をその時初めて感じられたようで、いろんな気持ちがこみ上げました。慌ただしく過ぎた時間、その後あたたかい風が吹き、我が家の木にたった一度だけ小さな花が咲いて。おばあちゃんだ・・・その花を見て溢れた一滴の涙。それから何十年も経ち、その木は桜の木だったと両親が教えてくれました。「たった一度も咲くことはなかった。」と。私は知ってるよ、たった一度咲いたことを。それはきっとおばあちゃんとの秘密、あの時流した涙が養分になり、この場所に繋がっています。
そんな私が小学3年生になり、夏休みにいよいよ家族3人で父のいる岐阜へ引っ越すことになりました。会社員だった祖父は、実家を守ることに。祖母だけでなく、祖父との別れも待っていて、寂しいやら心配やら、気持ちの整理がなかなかできないまま新生活が待っていて。慣れない社宅生活、小学校までは徒歩50分、沢山の戸惑いがあった中で担任の先生になってくれたのは20代半ばの女の先生でした。大人しい私を心配し、いつも声をかけてくれて。「Sちゃん、あのね、家庭訪問はもう1学期に終わってしまったんだけど、一度お母さんとゆっくりお話したいから、ご自宅に伺おうかとも思っているの。」うちのお母さん、精神的に全然余裕がないからいいですと心の中で思ったものの、さすがに言葉には出せず適当にごまかし続けていたら、その話は3回ぐらいされました。その後、遠足が待っていて。月に一度、住職さんがみえることと祖父の身の回りのことで母は名古屋に帰ることになっていて、ちょうど重なってしまい、今回は私も一緒に帰省するようなので遠足には行けないことを先生に伝えました。すると、こちらのスケジュールを聞かれ、意外な返事が待っていて。「遠足、Sちゃんがみんなと仲良くなるいい機会だと思うの。その日の午後に名古屋に帰るなら、お母さんも忙しいし、先生がお弁当を作っていくよ。帰りは先生と先に抜けて自宅まで送り届けるから、半日だけでも遠足に行かない?」決して押し付ける訳でもなく、先生の優しさが嬉しくて、その気持ちに甘えることにしました。そして、遠足当日、気持ちよく晴れた空の下で、クラスのみんなと遊び、先生が本当にお弁当を作ってきてくれて胸がいっぱいでした。そして、他のクラスの先生達にみんなを任せ、先生が私と二人で先に帰るからと歩き始めてくれました。みんなの担任の先生なのに、私一人の為にこんなことまでしてくれるんだ、そう思えた時、ゆっくり自分の心が開いていくのを感じて。山の匂い、緑の美しさ、明るい空を仰ぎ、先生と一緒に歩く時間の中で沢山話すように。国語の教科書に出てきた主人公の一部分がどこかで自分と重なった、そんな話も微笑みながら聞いてくれました。楽しかった二人だけのハイキングも終わり、先生に自宅まで送ってもらい別れを告げると、のんびり寛いでいた母がいて、思いっきりずっこけそうになって。「お母さん、昼過ぎに名古屋に戻るんじゃなかったの?遠足場所から先生がわざわざ送ってくれたんだよ。」「やっぱり夕方でいいかなと思って。ゆっくり帰りましょう。」・・・。だったら、みんなと最後まで遠足を楽しめたし、先生の手を煩わせることもなかったし、お弁当も作ってもらうこともなかったよぅと思ったものの、二人でリュックを背負って歩いた時間はあまりにも優しく、ずぼらな母がこの時間を作ってくれたんだよねと思うと、ふと笑いたくなりました。今思えば、それはきっと私が心を開く上でとても大切なひとときで、先生はそれを分かっていて、多少のリスクを承知の上で踏み込んできてくれたことだったんだなと。自分がとても落ち込んでいたある日、たまたま本屋さんを通ると紙の匂いがして、ふわっと気持ちが軽くなりました。図書館は、本棚からも木の匂いがいて、先生と歩いた二人だけのハイキングがずっと心の中にあったから、私にとって安らぐ場所だったのかもしれません。歩きながら話した時間、笑い声、大切にしまっておきます。
時は戻され、ダイニングテーブルに置かれた宿題プリントが目に入りました。『参観日、お忙しい中ありがとうございました。2年間、私がRくんにしてあげられたこと・・・いったい何があっったか・・・Rくん、本当に友だちとうまくかかわることができて、自立してて・・・素晴らしかったです!』そんな気持ちをありがとう。先生から沢山のものをもらいましたよ、親子で。きっと伝えたいことは沢山あるのだけど、器にいっぱいの気持ちがあってうまく言葉にできそうにもなくて。自分の為に、一緒の歩調で時を過ごしてくれた一人の担任の先生がいました。母親になり、ふとした瞬間にその時の情景が流れました。それはもう優しさに溢れたもので。Rもこんな風に先生のことを思い出すのだと思います。その気持ちをどう伝えようか。出会えて良かったです、このひと言に詰めた想い、気づいてくれるだろうか。