最後を噛み締めて

息子と何気なくテレビで見ていた、大相撲1月場所。最後はまさかの巴戦になり、驚きました。「お母さんね、子供の時からたまに大相撲を見てきたのだけど、優勝決定戦で巴戦になるのは初めて見るよ。一対一なら目にしたことあるけど。」「え?三人同時に戦うの?!」そんな訳ないやろ!それだったら相撲のルールが変わってしまうわ!!と思いながら大爆笑。小6男子の発想は果てしないなと思いながら説明することに。「どうやら二連勝した方が優勝するみたいだよ。連続で土俵に上がるってものすごく大変だよね。」そして、見届けていると豊昇龍関の気迫ある取り組みに感動し、優勝が決まりました。戦いの表情から感極まった顔が映った時、一緒にこみ上げそうで。土俵の上は、神聖な場所であり、気と気が重なり合う場なんだろうな。千代の富士関が大好きだったおじいちゃん、一緒に歓喜した時間が昨日のことのように蘇ってくる。

その翌日、旗振り当番最後の時がやってきました。朝から、何とも言えない寂しさとちょっとした達成感と本当にもう色々で。少し早く起き、ゆっくり準備をして、腕に腕章を付け息子と家を出ました。天気は曇り、今日は肌寒いなと思っていると隣でぽつり。「ママ、雨じゃなくて良かったね!」「本当だね。ありがたいよ。」とわいわい。黒のレインコートにマスクをして、交差点に立った時は、『千と千尋の神隠し』に出てくるカオナシのようだなと笑えてきたこともあって。それでも、息子の友達は私に気づいてくれて嬉しかったな。気が付くと、いつものお別れポイントに着いたのでそこで一旦バイバイし自転車を走らせました。学校に着き、監視員さんにご挨拶。そして、校舎がよく見える交差点に立ちました。1年生の時は、前のマンションエリアの交差点。幼稚園バスが見えた時は、そこだけくっきり明るく見え嬉しくなって。そして、コロナ禍になり大変な時期がやってきて、体の不調をほったらかし、卵巣の手術が待っていました。うまくいったものの、癒着が酷くホルモン治療がすぐに始まり、一度だけ旗振りを代わってもらうことに。その後、大きな決断の中で引っ越しがあり、学校前の交差点での旗振りが待っていました。そして、離婚調停4回目の当日も、当番が待っていて。子供達の笑顔から元気をもらい裁判所へ、景色が一変した不思議な一日でした。それから、移り行く季節を楽しみながら、子供達と先生達、人を見守ってくれた校舎の歴史と息を感じて。春にはスプリングコート、夏は帽子を被り、秋はストールを巻き、冬はコートとマフラーで完全防備。朝の30分の中で、かわいい小学生の子達と時間を共にできたことが幸せでした。最終日は、交差点近くで上履きの落し物があり、後で届けようと端に置いておくと、児童を送りに来ていたお母さんが気づいてくれて。「これ、○○ちゃんのじゃない?届けてあげよう。」自分の子供にそう言っていたので、お礼を伝えさせてもらうことに。その時自分ができること、優しさが連鎖する世界に私はいられたのかもしれないなと改めて思いました。いつも子供達の様子を見に来る校長先生と、一緒に旗振りをしてくれた他の学年のお母さんにお礼を言って終了。この学校に集まる力が、また誰かの笑顔に変わりますように。6年間ってこんなに早いんだな。

最近になって、一人暮らしの時に、小田原駅で最初に会った保険会社の営業マンの方とのことを改めて思い出しました。母が大きな保険に入ったことが会話の中で分かったので、心配になり、電話ではなく直接会ってお話を聞けないかとお願いすると会いに来てくれたのが始まりでした。その後も、我が家のいろんな危機に関わってくれて。名古屋に帰省の度に、実家に戻る前、話をさせてもらったこともありました。「お父さんと長年別居をされて、それでも籍は入っていることは伺っています。夫としても父親としても、お母さんやSさんからすると大変なこともあったかと思います。それでも、バンカーとしては一流だったんじゃないかと。実際にお会いしたことはないですけど、お母さんやSさんのお話を聞いていると、お父さんは銀行員として立派な方だったんじゃないかって思うんです。」ズバッと本質を見抜く人だな、そしてよく人が見えている、そう思いました。「お母さんにはお父さんが必要だって思います。お母さんがすぐいい話に乗ってしまいそうな時も、社会のことをよく知っているお父さんがバックについてくれていたら、おかしな方向に進まない気がするんです。ギャンブルや女性のことなど、悩まされることもあることを知っています。でも、本当に大事な時は、お父さん動いてくれる人なんじゃないですか。」まだ父がフラフラと遊んでいた時期の話。母の精神状態も上がったり下がったりで、離れている分、他の心配事も増え、私自身もパツパツでした。そんな時、保険会社の友人は大切なことを伝えようとしてくれたんだなと。銀行員としてのお父さんは信用していいんじゃないか、そして娘が本気で声を上げたら、お父さんは助けに来る人なんじゃないか、僕は会ったことがないから確証は持てない、でもそれを伝えることでSさんのお守りが増えてくれるのなら。一人で戦う中で、持っていてほしいと思いました。そんな気持ちを届けてくれたことに、泣きそうでした。そして、彼の言っていたことはきっと正しかった。父と私の中に流れていた湧き水に、気づいてくれていたのかもしれないな。なかなか直接会って話せないからこそ、凝縮されたカフェの時間。人の深さは、滲み出る。

いろんな場面が思い起こされ、いつもの日常の景色へ。なかなか寝ない息子を自室へ連れて行き、9時半までなら起きていていいけど早く寝るのよと伝え、おやすみなさいをしました。簡単なストレッチをし、少し経ってから廊下へ行くとまだ明かりが。時計を見ると10時近かったので怒る準備をしてドアを開けると、理科の時間に作ったという自家発電の車を持って、パズルのように組み立てられるマットをコースとして作っていたので、思いっきり笑ってしまいました。「何してるの?!」「へ?」と間抜けな返事もあるので、余計に二人で笑えてきて。この発想、女子にはないな~、実際にそのマットはマイクラだし、日常の中がもうマイクラリアル版なのか??と可笑しくて。ねえR、冒険しようよ。楽しいこと、沢山見つけて行こう。自分の世界を大事にしてね、そんなことを思った優しい夜。息子が家を出る時、どんなひとときが胸を掠めるのだろう。なんでもないことで笑った時間、そんな気がする。