新鮮な空気

息子が5年生になり、家庭科の授業が始まりました。そこで裁縫セットが必要になるということで、注文票を見せてもらいびっくり。商品を選ぶ欄に、左利き用があるじゃないか!そして、息子も気づき伝えてくれました。「左利きのママも使えるから、一緒に注文する?」気持ちは嬉しいが、子供達専用の注文票だし、ぶっちゃけそんなに裁縫しないから~と心の中で笑いを堪えながら伝えました。「お気遣いありがとう。これは、お母さんの時代にもほしかった~。便利な世の中になったね。左利きの子達は本当に助かると思うよ。」そう言いながら、思考を巡らせてみると、小学時代の担任の先生達、私が左利きであることを知らなかったなと。箸と鉛筆が右だと、自己申告をしない限り気づかれることもなく、右利きと同じように裁縫をしていたことを思い出しました。それでは、歴代の先生の中で私の左利きに気づいてくれていた人はいただろうかと考えてみると、いた!それは、中学時代のテニス部の顧問で、保健の女の先生でした。

ラケットを左で持っていたのでそれはもう分かりやすく、たまたまもう一人左利きの友達がいたので、ダブルスを組ませてくれました。左利きのペアは珍しい、対戦相手も多少はやりづらいのではないかというのが先生の狙い。そして、3年生の公式戦、団体戦の3組目に選ばれました。コートに入ってからも右手でラケットを持ち、ぎりぎりまで左利きを封印。そして、試合前対戦相手と軽く乱打をしてウォーミングアップをした時、二人とも左利きだと分かり、あれ?という顔をされたのが分かりました。そして試合開始。後衛の友達が放った1球目は相手の枠に入らずフォルト、そして2球目に変化させるボールが上手く入り、予想外の方向に跳ねたので、上手く打てずにポイントがこちらに入りました。この試合いける、そう思えた時、先生の気持ちと交わした会話を思い出して。「3戦目が大きなカギになる、左利きのS達が勝敗を分けるかもしれない。S、これまでの悔しさをぶつけてこい!」そう言って背中を叩いてくれました。陸上の大会があったのは5月、走り幅跳びで思うような結果が得られなかったことを、先生はそっと知っていて。そして、何かに悩んでいる私に気づき、授業中に1時間保健室で寝かせてくれたこともありました。お礼を言って、教室に戻る私をさりげなく見送ってくれた先生。その後、テニスコートで私の姿を見つけ、ほっとしながら近づき、コートの端に座るよう促されました。隣に座り、他愛もない話をして、こちらが抱えていることを吐き出させようとしてくれた先生、その姿はテニス部の顧問でもなく、保健室の先生でもなく、紛れもなく人を想う人でした。恩師は、繊細さに気づき、自分で抱えようとする私の心をなんとか軽くしようと、Sのタイミングでいいから話せるなら話してと言ってくれました。ジャージを着て、青空の下で、テニスコートの端で、いつも怖い先生が向けてくれた優しさに、こちらの心は解けていきました。団体戦3戦目、団体競技ではなく、友達と呼吸を合わせ対戦相手に立ち向かっていく中、前衛のポジションについていたら、先生達やテニス部のみんなの声援が聞こえ、そしてテニスコートの端で先生と過ごした時間が思い出され、目に涙が滲みそうな時間を必死で堪えました。来た球、全部跳ね返す、先生は陸上の大会で泣いた私を知っていたのだろうか、団体戦の大事な試合に選んでくれてありがとう、色々な気持ちが駆け巡りました。その後、こちらの球が決まり、ゲームセット。みんながわーっと半泣きしながら駆け寄ってくれて、2回戦進出が決まり胸がいっぱいでした。今度は嬉し泣き、先生少し越えられた気がしたよ。心の中で届けました。チームで戦った1勝、その価値を忘れない、絶対に。

時は流れ、勤務することになった小学校図書室。そこで、保健室の先生が沢山の悩みを抱えている子供達の話をしてくれました。いくつかの資料も受け取り、情報を共有させてもらうことに。ある日、高学年の男の子が担任の先生に連れられ、授業中に図書室を訪れました。彼が何かを抱えているのはすぐに分かって。それでも、そっとした方がいいと思い、ひと言だけ伝えました。「何かあったらいつでも声をかけてね。」と。すると、俯きながらはいと返事をし、本当に小さく微笑んでくれたことが分かりました。ひとりになりたい時もあるだろう、そっとしておいてほしい時もあるだろう、それでも誰かと話したくなった時ここにいるよ、あなたの心のそばにいるよ、そんな気持ちを込めて届けました。私もね、そういった先生達に助けられてきたから。すると、言葉は交わさなかったものの、いくつかの本を見つけ少しリラックスした様子で、ほっとした時間を過ごしてくれました。チャイムが鳴り、何人かの子供達が入ってくると、その子が軽くこちらに会釈して、帰っていく姿がありました。にっこり手を振ると、一瞬笑ってくれたような気がして。大して役には立てなかったかもしれない、それでも、あなたがほっとできる場所ちゃんとあるよ、そんなメッセージが届いていたらいいなと思いました。彼の心は今、少しでも軽くなっているだろうか。話せる誰かに出会えただろうか。自分を好きでいられているだろうか。図書室の匂いを覚えてくれていたらいい。

「バッティングセンター、お母さんが通っていた頃は、左利きのバッターボックスが一か所しかなかったんだよ~。少数派だから仕方がないけど、今左バッターも増えてきているから、どうなっているんだろうね。今度行ってみよう!」「行きたい!かっ飛ばすよ!!」頭痛も、奥に押し込めた辛さも吹っ飛ばせるといいね。左手で握ったラケット、スポーツをやっていたら、苦しさが飛んで行ってくれるような気がした中学時代。その時見上げた空の色を覚えているから、今度は息子とその空気を吸うことにする。彼が自然と離れていくその日まで。