新しい生活の始まり

母が迎えに来てくれた退院後、ゆっくり歩いて自宅に帰り、外の空気が吸える喜びを噛み締めました。「最近寒かったのに、あなたの退院日は、温かくていいお天気で、お祝いしてくれているようね!」そう喜んでくれた母。そして、今日は心配だから泊っていくわ!と譲らなかったので、ここは甘えることにしました。病院内で、連日の睡眠不足だったので、帰宅早々寝かせてもらいようやく深く眠れたようで、ほっと一息。

そして、眠りから覚めると、何やらリビングで声がしました。ぼさぼさの頭でドアを開けると、息子がびっくりして固まる始末。「ただいま~。今日病院から帰ったよ!」そう言うと照れてしまい、まともに目を合わせてくれなくて笑ってしまいました。こんなに離れていたことなかったもんね、そう思いながらハグ。すると、彼の温もりから、夜に看護士さんに卵管が無くなった話をされたことが蘇り、そう言えばあの時、息子の笑顔が頭を過ったなと思うと堪らない気持ちになり、生まれてきてくれてありがとうという想いが、こみ上げました。あなたの命が、どれだけ尊いものなのか、お母さん身に沁みた。あなたが生まれた場所で、また沢山助けられたよ。大切なものは、実はそんなに沢山じゃなくて、かけがえのないものが何なのか、よく分かった大きな入院期間でした。いつもならもっと絡んでくるのに、そんなに照れないで~と困惑。会いたかったよ。
その後、病院の荷物をゆっくり片づけていると、出てきたのは、くりちゃん(くみちゃんのお兄ちゃん)。「Rが貸してくれたから、寂しくなかったよ。ありがとう。」「いいよ!くりちゃんもただいまだね。」最初に産科の部屋に入院になった時、テレビのそばに置いておきました。手術の後に、戻ってこられるかと思ったら、今度は婦人科へお引越し。私が酷い状態だったので、医療スタッフさんが全部荷物を運んでくれて、吐き気の中で周りを見渡してみると、くりちゃんが前と全く同じポジションに座っていて、笑ってしまいました。こんな真心が、人を優しい気持ちにさせてくれるんだなと。持ってきて良かった。

その後、学校で作ったビルのような工作の説明をしてくれたら、すっかり元通り。親子なんてこんなもの。そして、夕飯も終わり、改まってリビングに母と座りお礼を伝えると、手術中の話をしてくれました。「Sから、がんじゃなければ2時間ぐらいで済むけど、大掛かりになると7時間ぐらいになると言われていたから、お父さんに頼んで雑誌を買ってきてもらっていたの。でね、先生が2時間半ぐらいで出てきてくれたから、その瞬間大丈夫だったんだって思った。良性の言葉を聞いた時はとってもほっとしてね。で、あなたの予告通り、本当に先生が取り出した卵巣を見せてくれて、約束通りに写メを撮ろうとしたんだけど、お母さん慌てちゃってね。カメラの操作が分からなくなっちゃって、先生の前で動揺して、それでも頑張って撮ってきたのよ。今回、腫瘍が三か所もあり、卵管も二つ取った話を聞いて、退院後に説明しようと思って、絵も描いておいたの。入院中に伝えたら、あなたがショックを受けそうでね。お母さん、あなたにもしものことがあったら、どうしようって、Rのことも真剣に考えた。」そう言って、途中から大粒の涙をポロポロ流すので、ずっと張り詰めてくれていたのだと、私も一緒に泣きそうになりました。「ここまで本当にありがとう。」心を込めてそう言うと、真剣に言ってくれました。「あなた、今回本当に助けられた命よ。感謝しなきゃだめ。仕事は辞められないの?もう、これからは自分の体を本気で守っていかないと。」「うん。私も痛感してる。また、右側の卵巣が悪化して、取り出すことになったら立ち直れないかも。でもね、今の仕事は自分を支えてくれているの。フリーランスで、時間の融通も利くから心配しないで。」そう伝えると、そっと微笑み分かってくれました。あなたらしくいられるならそれでいいわ、顔がそう言っていました。

「おばあちゃんの乳がんの手術ね、予定時間よりもかなり延びて気が気じゃなかったの。そうしたら、胸だけじゃなくて腕にまで転移していて、腕の一部も取っていたの。」その事実を聞き、愕然としました。祖母と一緒にお風呂に入った時、そんなことは何一つ私に話しませんでした。でも、手術痕を見せてくれて、片方胸が無くなっても元気に生きているよと笑ってくれました。
そして、何度も母が私に伝えてくれていたこと。「おばあちゃんね、あなたが生まれてから間もなく、個人病院の外科の先生がたまたま乳がんを見つけてくれたの。そこから闘病生活が始まったのだけど、なんかね、おばあちゃんはあなたが生まれてくるのを待っていたような気がしてね。今回も、毎日仏壇の前でおじいちゃんとおばあちゃんに祈っていたの。なんだかその祈りが届いたような気がしているよ。」祖母と交わした約束、母を守るということ。そして、葬儀の時に誓ったのは、祖母よりも長く生きるということ。「あなた、ちょっと不思議な子なのよ。」母がたまに口にするその理由は、何か目には見えない不思議な力が働くこともあるのかもしれないなと、それを謙虚に受け止めなかった時点で、その力は無くなるのだろうと思いました。

手術室の外で、待ってくれていた母。彼女の寿命を少し縮めてしまったのなら、また娘として延ばしていかなければ。「お母さん、私の卵巣を見てどう思った?」「最初は倒れるかと思ったんだけど、見てみたらチキンみたいだった。」「・・・チキンって。酷い。腫れあがったから原型留めていなくて、そう見えたんだよ~。」と二人で大爆笑。春も、もうすぐそこ。