離れてから戻る時

幼稚園のお泊り保育の翌日、朝からお迎えに行くと、息子は充実した顔をしていて、Y先生が様子を伝えてくれました。「よく食べて楽しく過ごしていました。寝る時は、仲良しのD君が隣だったので、くまちゃんを出すことなく自然と寝ていきましたよ。」と。その話を聞いた時、本当に驚き、お友達の存在の大きさを改めて痛感し、なんとも言えない不思議な気持ちに。

旅行に出かける時は、添い寝していても必ず隣にはくみちゃんがいたし、汚れた時は代打にホワイトタイガーちゃん等がいてくれました。片手で握れるぬいぐるみは、息子にとって何よりの安心感だったはず。それでも、友達と一緒に眠ることはそれ以上のものだったと気づいた時、こうやって少しずつ外の世界から大切なものを手に入れて、親から離れていくのだと、嬉しい寂しさを感じたとても大きな出来事でした。
特別許可で、くみちゃんを持参したのに、ずっとポケットのお部屋にいたよう。一度も出さなかったの?と聞いてみると、「D君には見せたよ!」と弾けた顔で教えてくれました。大切な友達を、大切な友達に紹介したのね。くみちゃんのミッションはここで終了でした。

好きだけど、さようなら。そんな別れは一つや二つ、誰にでもあるのかな。恋人だけではなく、友達であったり、職場であったり、離れないといけない局面は、いつもどこかで用意されているのかも。
数えきれないぐらいの別れがあって、それ以上に沢山の人に出会ってきたのかなとも思う。そこにいることが当たり前じゃないから、そばにいてくれてありがとうと思える時があるのかな。

高校時代の仲良しだった男友達。大学進学が大多数を占める中で、専門学校を選び、二年で卒業し、神奈川県に就職し、一人暮らしを頑張っていました。大学四年の時、姉の出張先に付いて行った時、その友達と横浜駅で待ち合わせ。格好よくネクタイを締めて、苦労している表情がとても逞しく見えました。その友達が、転職で地元に戻り、私は関東へ。本当にごくたまにある連絡にお互いを励まし合っていたのに、ある時から様子が変わりました。明らかに彼女に振り回されているのが分かり、誰が見ても幸せそうじゃない恋愛をしていたのに、別れられないと言う。私も全然余裕が無くて、真剣に自分と向き合ってみてとメールで突き放し、それっきり。

ちょっと酷いことをしたかなと実はずっと気になっている、大好きな友達です。
唯一の女友達が私でした。だからこそ、女性の意見を聞きたかったと相当困り果てた様子で何度もかかってきた着信。話を聞くことだけが友達じゃない、自分で考えてと突き放すのも友情だと今でも信じたいけど、それは私の物差しで、やはり傷つけてしまったのではないかと気にしてもいて。
それでも、そこに信頼関係があったのなら、いつかまた笑って会えると信じています。

息子の様子を話してくれたY先生の顔には、うっすらとクマのようなものが。お泊り保育を頑張ったメダルには、息子の寝顔の写真が貼られていました。それは、全園児を寝かしつけた先生が、撮った写真を切り取り、貼ってくれたもの。これは、深夜の何時に作業してくれたもの?先生は何時に寝たの?

離れた先に、愛情があるなら、それはまた一つ安心できる場所。鬼さんが来る前に寝られたね。でも、先生達は鬼さんが来る時間まで起きていたよ。そんな夜を忘れないでいて。