サイコロ振ってみる?

息子が社会見学で国会に行くことになった日、朝早くからお弁当の準備をし、雨の中、学区内まで送り届けました。「途中で止むといいね!いってらしゃい。」そう言ってお互い笑顔でお別れ。コロナにかかり、行けなかった5年生の野外活動。今回のイベントをとても楽しみにしていたのが分かっていたので、元気に行ってくれてほっとしました。お弁当の具材を、ご丁寧に絵を描いてリクエストされ、散々盛り上がった準備。そして当日の昼間は、奇跡的に雨があまり降らず、てるてるぼうずが効いた~と元気に帰ってきてくれました。「ママ~、お弁当の量多かった!」とまさかのクレーム。それでもお弁当箱を開けると、完食してくれていて嬉しくなって。「気圧の変動で、ぐっと食欲落ちるからね。楽しかったみたいで良かったよ。」「疲れたのに明日体力テストなんだよ~。」「それは頑張れ!」「え~。明日大雨で学校休みにならないかなあ。」「そこまで降らないんじゃない?」「夢がないなあ。」なんだそのリアクション。そんな所に夢を抱くより、もっと大きなドリーム描きましょうよと思いながらわいわい。その夜は、変なテンションでなかなか寝てくれなかったものの、再度ベッドに行くと頭と足が反対向きで爆睡していて。みんなと食べたお弁当の時間、覚えておいて。

母からは、やっぱり寂しいから夜を一緒してほしいという連絡があり、息子に聞いてみると天候不良と学校で疲れているようだったので、正直に伝えると理解してくれました。そして、父の様子が写真で送られてきていたので見てみると、腹腔鏡手術だなと安心もし、思いがけず退院も早そうだったので、やっぱり一度お見舞いに行こうかと思い始め思考をぐるぐる。父が今一番欲しているのはなんだろうと考えた時、随分前の会話が思い出されました。「お父さん、最近新聞読んでる?」「読んどらん。でも、中日が勝った翌日はよくコメダで東京中日スポーツだけ読みに行ったりする。」これだ!と思い、お見舞いに行くかどうかはドラゴンズが勝ったらにしようと運に任せることにしました。すると、交流戦に入り、西武に3対0の勝利。翌朝、病院に母がいたら少し気が重いなとまだどこかで思いつつ、とりあえずコンビニに寄ってみようと新聞コーナーに行くと、他は何部か残っているのに、東京中日スポーツだけは残り一部で、しかも一面は先発した高橋宏斗投手、これはもう買って行くしかないなと腹を決めました。和菓子が大好きな父に、こしあんの人形焼きとペットボトルの緑茶や水、ふりかけと海苔を用意し、いざ病院へ。受付で場所を聞き、カーテンを開けて中に入ると、両親がほっとした表情をしたのが分かりました。「あなたが来るなら私休めたのに。連絡ぐらいしてよ。」言っている意味は分かるのだけど、直前までまた嫌な思いをするのではないかと迷っていたんだよ~と心の中で思いつつ、「1時間ぐらいお母さんお茶でもしてくる?」と声をかけると、別にいいわよと言われてしまいました。それでも気を取り直し、父に様子を聞き、新聞を渡すとやっぱり喜んでくれて。そして、ベッドの端に座り、人形焼きを出すと、まだ先程昼ご飯を食べたばかりだから後にしましょうと母に言われ、父もまだそこまで食欲がないことが分かりました。その後も談笑し、少し時間が経った後、父がひと言。「もう二時半だぞ。」「え?薬の時間?」と私。「違う。おやつの時間だ!」は?と何気に人形焼きを楽しみにしていたことが分かり、母と笑ってしまって。そして、食欲がないと言っていたのに、4個もぺろりと食べ、父らしさが戻ってきて安心しました。お父さん、私のこと、どこかで待っていてくれたね。新聞と和菓子はピンポイントだったでしょ、手術から無事に戻ってきてくれてありがとう。手術当日、いろんな気持ちがそこにはあって、それこそもう2軍で調整どころか、息子と二人でハワイへ自主トレの方がいいんじゃないかとさえ思った。でも、こうして両親と向き合っていたら、自分の役割はリリーフピッチャーなんじゃないかとも思えてきて。先発ピッチャーは母、完投できそうなら一人で頑張れ、でもここぞという場面には守護神がいる、そう思ってもらうことが両親にとってのお守りにもなるのかなと。そして、術後の様子を聞くと、血管のそばにあって腎臓のがんを取り除くのは危ない手術だったけどうまくいったこと、そして、前立腺がんの治療と甲状腺の手術も控えているということ、一難去ってまた一難であることが分かりました。どう転んでも、自分ができることをと思いながら聞いていると、父の頬がほんのり赤くなっていて、それは佐賀の祖父のトレードマークで、佐賀のおじいちゃんととても表情がよく似ていたので、はっと息を飲みました。今回の手術、おじいちゃんも助けてくれたのかもしれないなと。父は視力がよく、これまでメガネをかけたことは一度もなかったのだけど、新聞を読む時に今回初めてメガネをかけ、その様子までもが佐賀の祖父と重なり、ぐっときました。おじいちゃん、新幹線に一緒に乗ってくれてありがとう。その旅路を忘れません。

退院の時は手伝いに来ようかと二人に伝えると、大した荷物はないから大丈夫だと両親がいい感じで断ってくれたので、その気持ちを大事にしようと、何かあれば駆けつけることだけ伝え、お別れしました。すると、その夜母からメッセージが。『今日はお父さんの為に来てくれてありがとう。』視点が自分ではなく、父のことを想っていて、母の頑張りが伝わってきました。でもね、お母さん、あなたの為にも向かったよ。そして、私達家族の為に。母の気持ちが不安定になると、その度にいろんな難しさを感じる。これはなんの修行だろうと何度思ったことか。沢山の気持ちが交錯したから、ドラゴンズの勝敗でお見舞いを決めることにしたといつか父に話したら、笑ってくれるだろうか。ネネちゃんは、お父さんは鈍感だからSちんの本当の辛さは分からないと以前言ってくれた。でも、今回気づいた、父は鈍感なふりをしている時がある。母が帰った後、残りの人形焼きを見て微笑んだ様子が目に浮かんだ。ぶっ飛ばすのは完治してからにしよう。父との歴史も深くて長く、そして味のあるものにする為に。