五感が連れてきてくれるもの

天気のいい土曜日、息子は友達と珍しく遊びに行かないことが分かり、ママとキャッチボールがしたいと言われたので考えました。ぎっくり腰からちょうど2週間、ほんの少し痛みは残っているのだけど短時間だけならまあいいかと。そして、少し離れたお気に入りの公園へ二人で自転車を走らせ向かいました。キャッチボールは腰をひねるので、やっぱりちょっと痛いなと思っていたものの、水色の空と緑の木々が心地よく、調子に乗っていつものように盛り上がってしまって。「せっかくだから、体を動かしながら頭も使ってみようよ。投げる人が何でもいいから乗り物を言うの。3秒経っても答えられなかった人が負けね!」「いいよ!同じことを言ってもだめだね。」そうルールを決め、開始。最初はスムーズにお互いが出てきた中、途中から怪しくなってきて。電車、飛行機、バス、タクシー、その辺りはまだいい。人を運んでくれたらなんでもいいと伝えると、馬やゾウというのも出てきてそれはセーフ。それでもネタが切れそうな息子は「赤い車!」と言い出し、それだったら何でもありでしょ!とツッコミながら、「機関車トーマス!」と応戦する始末。そして、彼も「満員電車!」とこの期に及んで言ってくるので、「銀河鉄道999。」とこちらも諦めが悪く、爆笑しながら結局私の負けで終了しました。「ママの発想が笑えた!」あんたもや!といい時間が流れて。そんなこんなで翌日は、案の定腰痛がぶり返し、おまけに左肩も筋肉痛。少しぐらい無理ができてしまうんだよ~というメッセージは息子に届いているのだろうか。気づかないふりをされている、多分これが答えだ。中学男子との攻防はこれからも続く。

この間、久しぶりに時間ができたので、ふらっとサンマルクカフェに行きました。抹茶パフェがお気に入りだったので注文しようとすると売り切れであることが分かり、代わりにクリームあんみつを選ぶことに。席に座り、ゆっくり寒天を食べ始めると、急にある一日のことが驚く程鮮明に蘇ってきました。それは、まだ幼かった頃、祖母との散歩中に駅近くにあった小さな甘味処に立ち寄った時のことでした。何か食べていこうと言われ、注文してくれました。すると、先に出されたのは割り箸一本。ん?何をどうしろと?!と困惑していると、透明のお皿に入った不思議な物が目の前に。「ところてんだよ。箸一本の方が食べやすいから食べてみて。」そう言われ、恐る恐る食べてみると酸っぱくて混乱。甘味処(漢字は読めなくても匂いが甘いお店だと教えてくれていた)だから、甘いものが出てくると思い込んでいた私は、正直がっかりしてしまって。でも、せっかく連れてきてくれたおばあちゃんに、そんな素振りは絶対にしてはいけないと思いました。祖母はいつも、ほんの小さな小銭入れを持っていて。そこには、少しの小銭しかないことを知っていました。おばあちゃんは乳がんの入退院で、家族に医療費の負担を沢山かけているとどんな時も思っていて、近くでそれを感じずにはいられなくて。いつもは散歩が多いのに、孫が喜ぶ顔を見られたならとお店に連れてきてくれたおばあちゃん。自分の分は頼まず、外のベンチで一緒に座る祖母はとても穏やかでした。一本ずつ頑張って食べているのだけど、減らない・・・そう思っていると、風鈴の音が聴こえて。寒天を食べていたら、ところてんを思い出し、祖母と過ごした夏の記憶だけどうしても思い出せないでいたのに、風鈴の音でその日が夏であることが分かり、サンマルクカフェで泣きそうになりました。ちゃんとあったね、夏の思い出。結局ところてんは、半分ぐらいでギブアップし、祖母が笑いながら食べてくれました。一緒にシェアできたことが嬉しかったんだ、時間も食べ物も、そしてその空間も、気持ちも何もかも。

祖母の友達が営む駄菓子屋さんへ行った時、ビックリマンチョコを買ってもらい、お店を出ました。すると、その外では姉の同級生で先生を困らせてばかりいる男の子がこちらの様子を伺っていて。そのことに気づいた祖母は、すぐに声をかけました。「あんた、何か欲しいんかね。」「・・・シール。」ややはにかみながら正直に答える彼。「ああ!おばあちゃん、このお菓子にシールが入っているの。」「Sちゃんはいる?」「集めていないからいいよ。」そう話すと、祖母は男の子にシールを渡して場が和みました。お姉ちゃんは、あの子はかなりの問題児だと言っていた、でもおばあちゃんの前では素直だったな。心で接するとはどういうことなのか、その時ぼんやり教わった気がしています。2人部屋に入院した時、隣の女性患者さんが神経質な方で、おばあちゃんが随分気を遣っていることを子供ながらに感じていました。そして、ついに個室へ移ることになって。ごめんなさい、ごめんなさい、そんな声が祖母の内側からはいつも聞こえていました。私の為にお金も、家族の時間も使わせてしまって。そんなことないよって伝えたかった。ぬいぐるみを抱き、おばあちゃんのそばにいられるだけで優しい気持ちになった、何かとても大切なものをいつも受け取っていたのだと思います。医療費は、おそらく祖父が一人で払っていた。その当時、父は自分が働いたお金は全て懐に。養子に入ってくれただけで十分、祖父や祖母の想いは父に本当に届いていたのだろうか。おばあちゃんね、病室のベッドから家族の幸せを願っていたよ、その気持ちをキャッチして、引き継いだ。お父さんの浮気もギャンブルも、おばあちゃん許していたよ、その大きさを知っている。何を思う?父に問いかけてみようか。祖母の小銭入れ、ところてん、風鈴、爽やかな風が吹き抜けた、涙を拭いて今を生きよう。