遠くの方で台風が発生し、浅い眠りの中で深夜に起きてしまったので、洗面所に行き、戻ろうとすると無意識の間に扉を閉めたことをすっかり忘れていて、顔面を強打。鼻に直撃で思いっきり星が飛び、一瞬鼻が折れたかと思いました。触ってみると痛いのだけど、どうやら骨には異常がない模様。そういえば、母の従弟がサッカーで相手選手とぶつかってしまい、鼻の骨を折ってしまったと話してくれたことがありました。本当に何があるか分からないので、自分も気を付けなければと反省。翌朝は、ホワイトソックス対ヤンキース戦をテレビで観戦することに。0対4で劣勢の中、3点を返し村上選手の打席が回ってきました。息子と祈るように見守っていると、ソロホームランを打ってくれて同点!二人で熱狂し、ハイタッチ。そのまま延長戦に入り、激闘の末サヨナラ勝ちでホワイトソックスの勝利が決まりました。台風は遠くにあるのに、心身共に思いっきり影響を受けて沈んでしまいそうになる、でもこんな時間がやっぱり浮上させてくれるんだよねと嬉しくなりました。「ランナー2塁から始まって、3塁に進塁させたマイドロス選手の犠牲バントが活きたね!」と息子。サヨナラヒットを打った選手だけにフォーカスするのではなく、いい仕事をしてくれた選手を見ていた彼の視点にも成長を感じて。自分がヒーローじゃない、頼んだぞと次に繋ぐ、その気持ちがもう小さなヒーローだ。
母からまた怒涛のグループラインが入ってくるようになり、これは一体どうしたものかと思案中です。娘に嫌われたのではないかと不安感に襲われ、また一気に膨らんだのだろうと。グループラインなので、父も読めているはずで、その気持ちをフォローするのはあなたの役割でしょうがと思うのだけど、いつものように面倒くさいんだろうな。私が間に入らなければ、今頃お父さんは名古屋で独りぼっちだったでしょうよと思うのだけど、今は安心しきっているのでそういったことも都合よく忘れているのだろうと、作戦をゆっくり練っているところです。一番効果的なのは、姉も含めた4者会談。祖父の葬儀後少し経ってから行われた家族会議は、あらかじめネネちゃんには予告をしていました。おじいちゃんの気持ちをあの二人に話そうと思うと。そして、父にもほんの少しだけ保険を用意していて電話で伝えておくことに。「お母さんに色々伝える時、Sはいつもお父さんの味方ばかりすると怒られたことが何度もあったの。もちろんそんなつもりはないのだけど、お母さんはそう受け取るから、場合によってはお父さんを悪者にするような言い方をさせてもらうよ。その方が、話が進むの。嫌な思いをさせちゃったらごめんね。」「わしはいいぞ。」と電話であっけらかんとしていたので、安心して頭の中で彼らに伝える話をゆっくりまとめていきました。洗濯物を干しながら、祖父との会話が何度も思い出され、涙が溢れて。そして、向かった名古屋。夕飯が終わり、こちらの表情が引き締まったことを感じた姉は、これから大事な話が始まると構えてくれました。語ったいくつもの話。そもそもなんで私が日本史をもっと掘り下げて学びたいと思ったか、なぜ教員免許は社会科なのか、どうして司書の資格にこだわったのか、その理由を聞いてくれたのはおじいちゃんだけだったと。戦争体験を何度も聞いて、本当に学びたいことが見えていった。どうしてもっと記録に残しておかなかったのだろうと思ったのだけど、おじいちゃんとの会話は私の心の中にあるよ。家族が一人また一人と出ていく姿をどんな気持ちで見ていたのかも。だから私が出る時は本気で辛かった。おじいちゃんは、待っていてくれる家族のために戦地で生きることを諦めなかったのに、自分の生の終盤に家族が壊れるところを目の当たりにした。だからせめて、私だけでも心はそばにいるって伝え続けようと思ったよ。こぼれ落ちそうになる涙、でも泣いたら言葉が途切れてしまう。必死にこらえ、みんなが知らなかった沢山のエピソードを話しました。後日、ネネちゃんは本気で驚いていて。「あそこまで内容が深いとは思わなかった。Sちんがどれだけの傷みを引き受けてくれていたのか分かったよ。おじいちゃんはきっとSちんのことを守ってくれる、これまで私達のためにありがとうね。どうしておばあちゃんもSに託したのかその理由が分かった気もしたよ。」姉の中では、どこか答え合わせのような、深いところで繋がっていく感覚があったようでした。それに気づくか気づかないかは、もう両親の問題であって、妹があそこまで言ってくれたんだからさすがに考えるでしょ。そうじゃなくても、もう気にすることではないのだと。Sちん、生きることがどこか苦しそうだった、それはみんなの傷みを感じ過ぎてしまっていたからだったんだね。言葉にしなかったネネちゃんの想い、知ってるよ。
その家族会議は、息子が生後半年の時でした。ということは、13年も前のこと。それからも、沢山考えることがあり、そしていろんな出来事に触れ、祖父との会話ももっと思い出しました。祖母とのことも、佐賀の祖父母とのことも、他の大事なことも。ただ、第二回家族会議を開くには、こちらが相当なエネルギーを必要とする訳で、タイミングを間違えないように、その時を待とうと思います。姉は何かしらキャッチしている、そんな気もしていて。妹が沈黙しているのは、どこまでもぐるぐる考えている時、アウトプットしたくなったらきっと連絡をくれるだろう。でもねSちん、言葉にするのが辛い時は自分の中で留めていてもいいんだよ。両親のことでこれ以上心を砕かないで。そんなメッセージも感じるので、水のように流れのままに身を任せてみようとも思っています。
そして、熊本の被災地へ祈りを。大学1年のマウンテンバイク部で訪れた阿蘇山。マウンテンバイクが途中で壊れ、引っ張りながら登っていく私を、道行く人達が何人も応援してくれました。「頑張れ~。」「もう少しだよ!」「頂上近いよ!」「ファイト~!」車の窓を開けながら、エールを送ってくれた何人もの方達の声は、私の中でずっと響き続けています。1日も早く復興が進みますように、あの時もらった気持ちと共に。