何を大切にする?

息子を迎えに行った学校の帰り道、何気なく伝えてきました。「カワウソ親子のカワちゃん(赤ちゃん)とワカちゃん(母親)がいるでしょ。二匹ともね、今日はズーラシアでバイトで、道路をペタペタ歩いて帰ってきたんだよ。多分、先に戻っていると思う。」歩道を歩いている二匹のカワウソがいたら、ドライバーの方達もビックリだな、大体何時間帰宅にかかるんだ?今日は早番だったのか?!と相変わらずあれこれ思いながら、とりあえず乗ってみることに。「ズーラシアから連れて帰ってきたから、そこでバイトなんだね~。」「そうだよ。ユーラシアカワウソだから、たまに川から泳いで行ったりもするよ~。」それはそれは結構なことで。って辿り着くのか??と二人でわいわい。息子の世界観は、弱肉強食ではないらしい。みんなが笑い、助け合っている夢の国。

祖父が他界し、少し落ち着いた頃に行われた家族会議で、みんなに伝えた時のこと。姉と私の下に、もう一人子供を授かり、それでも産むという選択をしなかったこと、その子は男の子だったと確信を持って私が話すと、ネネちゃんがはっと息を飲んだことが分かりました。その後、二人になった時に伝えてくれて。「私でさえ、まだ小さい時だったんだよ。お父さんとお母さんの会話の中で、本当になんとなくなんだけどお腹に子供がいることが分かった。Sちんはまだ赤ちゃんだったんだよ。それなのにどうして知っていたの?絶対に妹には黙っておこうと思っていたの。」「なぜか分からないけど、気づいたの。誰に聞いた訳でもないんだけど、感じたの。」「・・・。Sは子供の時からめちゃくちゃ感受性が強いし、そんなに色々なことに気づいたら苦しいでしょってずっと思っていたんだけど、今回はさすがに参った。なんだかやっぱりSちんを中心にうちの家族って回っているのかな、Sが見守ってくれているからみんながその気持ちに助けられてきたんだよ。お父さんもお母さんもさすがに少しは考えるでしょ。」ネネちゃんが、子供の時から私に隠してくれていることにも気づいていました。何か科学を超えるものがそこにはあったのだと思っています。
物心がついた時に、和室にあった仏壇。どうしてあるのか母に聞いてみると、1週間で亡くなった母のお兄ちゃんに手を合わせる為だと教えてもらいました。1週間の命、それがどれだけのことなのか、私の中でゆっくり膨らんでいきました。そして、乳がんで闘病していた祖母。余命半年と告げられたおばあちゃんは、一日でも長く生きられるようにと辛い治療を頑張る姿を見せ続けてくれました。その二つの命が、子供の私にはあまりにも重くて、生きるってどういうことなのだろうと本気で考えることを教わったのだと思います。今になり、祖母の気持ちが少し分かった気がして。1週間で亡くなった息子の分まで、どんなに辛い治療にも耐えて生きようとおばあちゃんは自分に誓ったのではないかと。我が子をたった一度でも抱くことはできたのだろうか、そのぬくもりが祖母の生きる力だったのではないかとふと思うのです。最期の時、背中をさすってくれたのがずっと可愛がってきた父で、おばあちゃんは嬉しかっただろうなと。実家に運ばれた祖母の表情は、少し微笑んでいるようにも見えて、いい人生だったのかなと思い出す度、涙が溢れます。

母の精神状態が悪くなる度、母のお兄ちゃんである亡くなった伯父さんに心の中で語りかけました。伯父さんが生きていたら、実家を継いでくれて、お母さんはおじいちゃんからのプレッシャーから解放され、精神が圧迫されることはなかったのかな。お母さんね、伯父さんに会いたがっていたよ。どうやったら家族がうまくいくのかな。伯父さん、会いたいよ。母に暴言を吐かれる度、祖父に強く当たられる度、沢山語りかけました。すると、少しだけ心が軽くなれた気がして。そして、息子の陣痛の時、へその緒を首の辺りでぐるぐる巻きにしていることが分かり、慌ただしかった陣痛室で、痛みにもがいて一人になった時、頭の中で伯父さんが会いに来てくれてポロポロと泣けてきました。伯父さん、ようやく会えましたね。私と息子を助けに来てくれたんだね。おじいちゃんの命が薄くなり始めているの。たった一度でいい、おじいちゃんにひ孫を会わせてあげたい。伯父さん、男の子だよ。あなたの分まで精一杯育てます。どうか、無事に生まれることを助けてください。会いに来てくれてありがとう。その後、沢山の祈りの中で息子は元気に生まれてきてくれました。息子は、伯父さんともしかしたらすれ違っただろうか。渡されたバトンの感触を覚えているだろうか。命が繋がったあまりにもかけがえのない瞬間がそこにあったことを。

「陣痛室で、お母さんのお兄ちゃん、伯父さんが会いに来てくれたの。黒縁メガネをかけて、優しい笑顔の人だった。ずっと会いたいと願っていたから、Rが無事に生まれるように助けに来てくれたんだと思う。おじいちゃん、あの世に行ってしまったけど、おばあちゃんや息子に会えて喜んでくれていたらいいなと思う。陸軍だったおじいちゃんが、シベリアで捕虜になり、それでも帰還してくれてひ孫まで繋がった命がここにあるんだよ。そのことを忘れないでいようと思う。」家族会議で伝えた言葉は、両親や姉の心に染み入った。何を大切にする?周りにいてくれる方達への感謝、そして今笑えること、そこにある小さな幸せ。バトンはひとつじゃないのかもしれない。