かけてくれる言葉

いつも通っている接骨院の先生が伝えてくれました。「○○君のお遊戯会、最後ですね。初めて会った時は本当に小さかったのに、しっかりしてきて、感動的なんでしょうね。」そんなことを言われたら、行く前から泣いてしまいそうだ。そして、本番10日前の予行練習のお迎えの時、担任のY先生がいつものように伝えてくれました。「格好良かったですよ。」もう、このひと言だけで十分でした。

当日、夫と息子と三人で幼稚園へ向かうと、廊下でプレ幼稚園の時の先生とすれ違い、声をかけてくれました。「最後のお遊戯会だね~。」先生、確実に私の涙腺スイッチを押してくれたね。もう4年間も見届けてくれている先生に言われたら、そりゃこみ上げるものがあるよ。

遊戯は、トリを飾るソーラン節でした。舞台の幕が開き、音楽が流れ、息子の踊る様子を見ていたら、岐阜県の小学校に転校していた頃に踊った自分と重なりました。勉強よりもソーラン節に力を入れていた先生達は、運動場で雨が降っても止めさせない時がありました。もちろん、先生達もずぶ濡れ。その当時は漠然としていたことも、今になって分かる。最後まで仲間とやり遂げることを教えたかったのだと。誰に見せる訳でもなく、子供達自身に届けたかったメッセージ。まさか、息子のお遊戯会で受け取るとは。生きることって、不思議なものですね。

ソーラン節に決まった時、Y先生から内緒にしておくように言われた息子は、黙っていられずその日にこっそり話してくれました。そして、毎月のお便り帳には、『実際にひもを使って練習を頑張っています』という内容も書かれていました。側転の練習を繰り返し、私に隠れてこっそり踊っていた期間は、短かったはず。演技を見て、色々なことが頭の中で繋がっていき、瞬きするのがもったいなくて、目が潤むことの無いように、心に刻もうと思いました。
最高のパフォーマンスを見せてくれた後、沢山の気持ちが溢れていた中で廊下に出ると、またプレ幼稚園の先生に遭遇。「本当に格好良かったね~。」もしかしたら待ち構えてくれていたのかな。何かを伝えたかったのだけど、言葉を発したら涙が一滴落ちてしまいそうで、微笑みながら先生の腰あたりに手を伸ばしたら、ぎゅっと手を握ってくれました。その温もりを、忘れないでいようと思います。

プレ幼稚園の時は、司書教諭の資格を取る為に勉強していた真最中でした。週一回の親子教室で、何度も寝てしまいそうに。ようやく資格が取れた時、絶対にこの経験を生かしたいと思いました。仕事復帰をするタイミングについて、沢山悩んだ日々。数えきれない迷いも葛藤も乗り越えた先に、プログラマーの友達から声がかかりました。司書から、ライターへ。先生の手の温もりが、自分が選んだ道は正しかったのだと証明してくれたような気がして、余計に溢れそうでした。

独身時代、大学図書館の先輩が伝えてくれました。「私も先輩に言われたのだけどね、“奥さんの笑顔は旦那さんの通知表”だって。」自宅の中が険悪の時も、外では笑っていられる奥さんでいよう。その時、そんなことを自分に誓ったような気がします。
それでは、お母さんの通知表は?それは、こういった行事の時に、「格好良かったね、よく頑張ったね。」と伝えてくれる先生の言葉であり、自分の目で見る息子の凛々しい姿がそうなのかな、だから挫けそうな時も跳ね飛ばせる自信に変えられているのかな、そんなことを思いました。

お遊戯会が終わった後、待っている間はどうしていたの?と聞いてみたら、「ペアクラスのK先生がずっとなぞなぞを出してくれていた!」と嬉しそうに話してくれました。裏側でサポートをしてくれている先生がいてくれて成り立つ、沢山の行事。お遊戯会も楽しかったけど、なぞなぞも楽しかったよう。
そんな先生達に私からかけたい言葉はもちろん、ありがとう。そして大好き。