少しずつ普通の生活に戻り始めた頃、シェアオフィスのダンディな男性スタッフさんにエレベーターホールで会い、少しだけお話をさせて頂きました。いつもきちんとシャツを着こなし、醸し出す雰囲気が大人の男性を表現してくれていたのですが、その日は私との談笑を心地よく感じてくれたのか、壁にもたれて話してくれた仕草を見て、ドキッとしました。そうそう、これこれ。この緩さがね、堪らない時があります。
なんで大学の中に大学図書館があり、学校の中には図書室があり、街の中には公共図書館があるのか。これは司書課程でも、司書教諭のテキストにも出てきたことで、改めて思ったのですが、そこは“素”でいられる場所なのではないかと。役割を一旦置き、調べ物をしているはずが本を片手にぼーっとしてみる。あれ?今日何しに来たんだっけ?そんな自分にちょっと笑いかける時、少しだけ肩の力が抜けてくれていたらいいなと。本当に沢山のことを、利用者さんを見て感じていました。事務室で、契約していたある会社の方がいらっしゃる度、先輩が捕まり、私がお茶を出すとすっかり寛いで、いつしか自分の会社の弱音を吐いている内容が聞こえ、笑いを堪えながらテーブルに置いたことが何度あったことか。ようやく先輩が解放されると、「今日も30分コースだった!」と私に言い、二人で大笑い。どうやら、和やかな雰囲気は図書館だけでなく事務室まで流れ込んでいたよう。一体私はどれだけの会社さんにお茶を出しただろう。「いいですね~、なんだかもう会社に戻るのが嫌になっちゃいましたよ。」ははっ。もうどちらがお客さんなのか分からない。境目がなくなることって、時に気持ちがいい。
大学の研究室。よく利用してくださる教授の方に、僕の研究室まで良かったら遊びに来てねと言われたことがありました。そして、学校の図書室にいた頃、良かったら授業を見に来てくださいと言われたことも。どちらも忙しくてなかなか行けずに終わってしまったのですが、どうしてそんなことを言ってくださったのだろうとふと考えてみると、それは司書としての一つの視点を聞いてみたいと思って頂けたのかなと。私がこれまで大切にしてきたことは1対1。自分のことを必要だと思ってくれた方に、真っ直ぐその気持ちを受け止め、深く感じ返したいと思っていました。それが、分かる方には分かってもらえていたのかもしれないな、ここにいてくださる皆さんがそうであるように。
ずっといがみ合っていた父と祖父。首長が同じ屋根の下に二人いたら、それはもう大変。どちらかが謙虚でいない限り。二人が心からの和解をすることなく、祖父が他界。まだ5か月の息子を抱え、夫と帰省しました。訳が分からなく混乱している母。自分の役割が目の前に迫っていて、母を宥めることに徹している冷静な自分がいました。色々な儀式の中で、薄い皮一枚の所でギリギリ踏ん張っていることなんて気にする余裕もなく、ただ溢れる涙に任せました。そして、関東に戻る時、親戚一同の前で自分が抑えていた気持ちが止めどなくはち切れて。「うちの親、若くして結婚して、結婚がなんなのか分からないまま時を過ごしたのだと思います。6人家族がどんどん減っていき、どうやったらこの人達を支えられるだろうとずっと考えてきました。そんな中でも、おじいちゃんと交わした会話はずっと心の中にあります。バナナ1本の価値、それを私に教えてくれました。でも、もうこの二人のことは放っておこうと思います。おじいちゃんが他界し、私の役割は終わったのだと思います。どうか、そんな両親を温かい目で見守ってください。」そう言って深々と頭を下げると、皆が大泣き。最後に席を回り、挨拶をすると誰もが言ってくれました。「Sちゃん、お母さん達はもう大丈夫よ。あなたがいない方がいいの。ちゃんとこちらで見届けるから、安心して戻りなさい。」そう言って、握ってくれた何人もの手。その手がどれだけ温かかったことか。今までよくやったね、そんな言葉がどれだけ沁みただろうか。
そして、親戚を放ったらかし、帰り支度をしている私の所に姉が登場。「S、よく言った!あんたの気持ちは皆が受け止めてくれたよ。あとはあの二人だけ。もう、自分の道を行きなさい。」そう言って、泣きながらのハグ。今までで一番温かく、何の壁も無くなったあまりにも優しいハグでした。
その後、少し時間が経ってから、姉がこっそり教えてくれました。「おじいちゃんが骨になってしまった時にね、お父さんがそっと泣いていたの。誰にも気づかれたくなくて、うちの息子を抱っこしてごまかそうとしたんだけど、一気に色んな思いが駆け巡ったんだと思う。頑固なおじいちゃんが骨になって、お父さんの中で何かうまく説明のできない気持ちがこみ上げたんだろうね。」どこかで張り詰めていた父が、緩んだ時。その心が、驚くほど想像できるから不思議。
こんなに苦しくて優しい世の中なら、一日一日を大切にしなくては。