受け入れること

執刀医から、夫への手術の説明は、入院の二日前に行われました。相変わらず落ち着きのある先生が、いくつもの検査結果や超音波の画像などを見せ、資料を使い、今どれだけ酷い状態なのかを話した後に、伝えてくれました。「左側の卵巣は、全部取ります。」と。「え?先生。悪い所を取るだけじゃないんですか?」「もし腫瘍ががんだった場合、周りに散らしてしまうリスクも考えて、丸ごと取ってしまう。他にもし転移していたら、他の臓器も摘出します。それでいいですか?」「・・・はい。」もう、それしか言えないでしょ。手術中に行われる迅速病理検査で良性と出た場合、卵巣だけで済むかもしれない、今回は実際に開けてみないと分からないということ。なかなか辛い状況だな。

その後、母に息子を預かってもらっていたので、自宅に行くと留守。カギを持っていたので中に入ると、一人になってやっぱり泣けてきました。左側の卵巣とさよならかと。あのそら豆みたいな形の臓器だよね、やっぱり実感すると寂しいものだなと、手をお腹に当て沢山の気持ちがこみ上げました。その後、母から息子と二人で神社にお参りに行ってくると連絡が入り、担任の先生に電話を入れました。詳細を話すと驚かれ、労われ、そして心配をしてくれて。「R君のことはお任せください。こちらでできるフォローは全てさせて頂きます。退院してきたら元気だということではないと思うんです。戻ってきたらまた家事や育児があって、なかなか休めないんじゃないかと。お母さん、そういう人ですよね。そういった時に、R君がママのことを守れるように僕からも伝えさせてください。父性を伝えられるのは、男の担任の特権だと思っているので。どうか、お体を大事にしてくださいね。」このタイミングで、この担任の先生に当たったのも、何かの巡り合わせなのだと思いました。ピンポイントで、そして大らかな気持ちで助けてくれる先生の優しさに、卵巣が一つ無くなる寂しさが紛れたようでした。

そして、リビングにあった両親の山盛りの洗濯物を畳み終えると、母と息子が帰宅。お参りのお礼を伝え、改めて詳細を話していると、仕事が終わった父が帰宅。同じ話を繰り返すと、「丸ごと取ってしまった方が確かにいいぞ。」と励ましにも応援にも取れる父らしいコメントで、親身になって聞いてくれたことで、また少し元気玉が集まってきたようでした。「お母さん、長い期間になるけど、よろしくお願いします。お父さん、お母さんのサポートをお願いします。」そう言って、笑顔でお別れ。親子らしい会話ができたよ、それが今の私にはどうしようもなく染みるんだな。

入院当日、息子とハグをしてお見送り。「お母さんも頑張るから、Rも頑張れ。帰ってきたらおばあちゃんがいてくれるからね。」「うん、分かった!ママ、入院頑張ってね。」堪らない、いってらっしゃいの時間。そして、気分の悪さから仮眠を取っていると母が来てくれ、家の説明をして、一緒に病院へ向かってくれました。入院の手続きなどもあり、息子の帰宅と重なってしまうのでもういいよと帰ってもらうと、半泣きして応援してくれました。「頑張りなさい。」と。一通りの準備が済み、病棟に案内されて落ち着くと、母からのメッセージが。『途中まで迎えに行ったら全然帰ってこないから、すれ違ったかもと慌てて走っていたら、後ろからおばあちゃ~んって追いかけて来てくれて、ハグしたの。こちらのことは任せなさいね。』心強いな。
それから、可愛らしい看護士さんが担当についてくださり、色々と世話を焼いてくれて、医療現場の方達に素直に寄りかかろうと腹を決めました。その後も、麻酔科の先生から説明を受け、明日本当に手術をするんだなと嫌でも実感させられて。たまたまその日は、婦人科がいっぱいで、産科の4人部屋に1人だけ。しーんと静まり返った病室で自分と向き合い、なかなか眠れず朝を迎えました。

そんな時、ぼーっとした頭の中で手にしたスマホ。そこにはなんと姉からのメッセージが。母が連絡をしたのだとすぐに分かりました。『日本の医学は信頼できるから大丈夫!卵巣一個取るのね。ちょっとビビるね。Rくん誕生という神秘的な卵子が活躍して卵巣頑張ってくれたから、ひとつはお疲れ様と感謝して寂しいけどお別れだね。私の卵巣嚢腫は良性だったから、遺伝子的観点から絶対良性だから大丈夫だよ。』その文面を読み、涙が一滴。4年間の空白が、これだけの文章であっさり埋まってくれました。たった一人の姉だから、伝えられること。何もかもが彼女らしく、そして私のことを知ってくれている人なのだと思いました。このタイミングで合流することになるとは。世の中で誰を探しても、今の私にこの言葉を伝えられるのは姉だけ。お礼の連絡を入れると、4年間が嘘のように、前と同じように、もしかしたら前よりも絆の深い姉妹になれた気がしました。

『ありがとう。喪失感もあるけど、卵巣一個が残せたら、補ってくれるから頑張って乗り切るよ!』手術前に伝えた姉へのメッセージ。言葉にすると、どうして人は少し強くなれるのだろう。それは、その気持ちを受け止めてくれる人がいるから。とんでもない応援団が味方に付いてくれたよ。執刀医よりも先に良性の判子を押してくれた、絶妙なタイミングで登場してくれた姉。もう、怖くない。